私は、特に子供の時に頻繁に奇跡のようなことを起こしたが、どうやってそんなことが出来たのかというと、要因は、強い願いと、絶対に叶うという信念だった。
願望成就法で言われる「叶ったものとして感謝する」「過去完了形で祈る」「強くイメージする」その他のテクニックではなく、大切なものは、あくまで、強い願いと信念なのである。
言葉もイメージも、一切の想いすらない。
「叶わないんじゃないだろうか?」という不信、不安は一切あってはならない。
テクニックみたいなものに頼るから、不信や不安が起こるのである。
無念無想であれば、そんなものは起こらない。
そして、無念無想は難しくない。強い願いと、それを諦めない意思の強さがあれば、自ずと無念無想になる。

イメージは無いと言ったが、シンボルはあった。
「願望が叶った様子を想い描け」なんて言う人がいるが、願いの大半は、叶った時の様子はイメージしようのないものだ。
例えば、優勝して金メダルをもらうシーンは、想像は出来るだろうが、明らかに現実感は無いだろう。
実際にもらう金メダルがどんなものか分からない場合もあるだろうし、金メダルを映像で見てはいても、それを手にしたり首にかけたりした感じは、実際とは全然違うかもしれないのだ。
しかし、シンボルでなら、心の中に持てる可能性が高い。
それは、個人的なものであり、人によって千差万別である。
例えば、優勝のシンボルが黄金の鷲であるという人もいれば、自分が空に舞い上がることであるという人もいる。

私が、小学4年生の時、初めて天体望遠鏡を手に入れたが、星に関する何の知識もないのに、いつも容易く土星を見ることが出来た。その時に使ったシンボルは、土星の白くて小さなイメージで、図鑑に載っているような土星の大きな映像ではなかった。
それは、真っ暗な空間の中の小さな白い土星だった。それだと、とてもイメージし易く、集中出来た。
また、これは決して真似しないで欲しいが、7つか8つの時、交通量の多い車道に目をつぶって飛ぶ込んだ時は、もう訳の分からないものだったが、やはり何かのシンボルが心の中にあった。本当に、こんなことで真似をしないで欲しいが、それは、仏様や天使の像であることがよくあったと思う。
以前見た、あるドラマのある回を録画したいと思い、一切の放送予定など調べず、ただ、録画装置のリモコンを握っていた(客観的に言うと度の過ぎたアホだ)時は、そのドラマの一瞬の場面がシンボルだったが、テレビ画面の中の、その中でも一部の映像なら、容易くイメージ出来た。
そして、何度も(奇跡としか言いようがないが)、そんな希望のものを録画出来た。
しかし、考えるに、象徴(シンボル)は何でも良いのだ。
例えば、願いを叶えたい時は、いつも奈良の大仏様を想う・・・でも良いのだと思う。それが、世界を動かす力の象徴と感じればね。
実は、私もよくやるのだ。大仏様、大好きだからね(笑)。
それで、ミクさんライブのSS席も引き寄せたし(笑)。
疾走する馬の姿のイメージが難しかったら、その像(彫刻)を手に入れるか、像の映像をよく見て(像の方が本物より簡単だ)、いざという時は、それを勝利の象徴として思い浮かべるのも良いかもしれない。
カール・グスタフ・ユングや、ウィリアム・バトラー・イェイツら、直観の天才達が、象徴(シンボル)の重要さを重ね重ね強調していると思う。
イェイツが、アニマ・ムンディ(世界霊)のイメージのことを述べていたことがあったが、そのイメージって、案外にショボい象徴なのかもしれないと思う。

願望達成術の本に書かれていることを参考に、好きな女の子とデートしている場面を想像したって、まあ、叶うことはない。
そんなキモい、根暗なことでは駄目だ(笑)。
そんな時は、彼女の一瞬の表情とか、彼女の持ち物で印象に残っているものを、シンボルとして集中するのが良いと思う。

天皇陛下というのは、昭和天皇、平成天皇、そして、令和天皇も、イメージが凄く安定していて、思い浮かべ易いことが分かるだろうか?
だからこそ、不思議と日本は強く、安定していて、平和なのである。
確かに、それだけではないが、それが象徴の力であることも確かなのである。









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