「陰謀論」というものがあるが、私は詳しい訳ではないので、その方面のマニアと異なる見解を持っているかもしれない。
陰謀論の正式な定義はないと思う。
私が認識する陰謀論は、概ね次の通りだ。

この世には、表に現れないが、世界を完全に支配する闇の権力者達がいる。
大統領や総理大臣達は、闇の権力者の僕(しもべ)で、国民のためではなく、闇の権力者達のために働いている。
一般人は完全に洗脳され、闇の権力者達の都合の良いように考え、行動するようにさせられている。
一般人を洗脳する手段は、学校教育がフルに活用されているのはもちろん、闇の権力者の配下にあるマスコミ、あらゆる娯楽産業を通して、幼少期から徹底的に行われている。
医療、食品産業は闇の権力者達の利益獲得のためにあり、結果、一般人の心身は破壊されている。
・・・まあ、だいたい、こんなところか。

陰謀論を書籍で説いたものは多く、かなり面白い本が多い。
私も試しに読んでみたが、非常に面白かった(笑)。
別に、私はどんな陰謀論も信じる訳ではないが、否定もしない。
ところで、陰謀論の本には妙な効用があることに気付く。
よく、「常識を疑え」とか言い、ダイナミックな発想をしたければ、世間の常識に囚われていてはいけないと言われる。
しかし、「なるほどそうだ」と思い、「常識に囚われないぞ」と決意したところで、そんなこと、なかなか出来るものではない。
ところが、陰謀論のような、ぶっ飛んだ「脱常識論」を見ていると、自分が常識に囚われていることが初めて実感出来、確かに常識から抜け出せるのである。
そうなると、「陰謀論、いいかも」、「使えるぞ、陰謀論」となるのである(笑)。

ところで、正統と認められていない・・・つまり、常識外と言える日本古代史には、カタカムナ文明、ホツマツタエ、竹内文書(もんじょ)などがある。
これらのうち、私は、カタカムナやホツマツタエに関しては、信じている訳でもないが、捨てるのは惜しいと思っている。
だが、竹内文書となるとちょっと・・・と思ってしまう。
だが、竹内文書の研究家、高坂和導(こうさかわどう)氏(故人)が、「トンデモ発想が出来るくらいぶっ飛んでいないと、世界を動かすことなど出来ない」みたいなことを言われていたらしいが、それも確かに一理あると思うのだ。
そもそも、世間的には、カタカムナもホツマツタエも、トンデモに分類されている可能性が高い。
ルドルフ・シュタイナイーだって、教育分野ではある程度認められているのは意外と言うよりは奇跡で、彼もトンデモ扱いされている場合が多いはずだと思う。
ひょっとしたら、シュタイナーの本の、コリン・ウィルソン言うところの「古くなったトーストのように食えない」性質が、露骨にトンデモ扱いされることを防いでいるかもしれない。シュタイナーの本の、そんな、恐ろしく抽象的で、信用詐欺ででもあるかのような記述は、確かに、常識派は読む前に投げ出すと思う。

ところで、トム・クルーズら有名人の信者も多い新興宗教のサイエントロジーの創始者L.ロン.ハバートの『ダイアネティックス』という自己開発書の批判者は多いと思うが、いかなる批判者も、『ダイアネティックス』を読み通していないことに気付いたことがある。
私は、『ダイアネティックス』は、ややこし過ぎ、曖昧な部分も多過ぎるのでは好きではないし、陰鬱だったり押し付けが強過ぎて疲れるので、関わらないことにしているが、批判者も、もちっと真面目にやれと言いたいものである。せめて、ちゃんと読んでから批判するという基本が出来ていないと、それこそ信用に値しない。

陰謀論も、賢く活用すれば良いと思う。
まあ、のめり込み過ぎておかしくなったら大変かもしれないが、人様に迷惑をかけない限り良いかもしれない。
それに、陰謀論が間違いではないかもしれないしね(その可能性がないとは言わない)。









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