現代人に、思考力や善意が無くなってきたのは、間違いなく、携帯電話の一般化からだろう。
フィーチャーフォンの時代を含めてである。
また、テレビゲームや、フォーチャーフォンをガラケーと呼ぶような言葉の省略が流行ったことも、大いに関係がある。

あまりに頻繁に携帯電話を見たがる者は、もう脳機能が死滅してしまっている。
良心も失っていて、人間としては終わっている。

もちろん、携帯電話を使う全ての人の脳が破壊されている訳ではない。
分かれ目は、「考えるために使っているか」「考えないために使っているか」だ。
単純なゲームを長くやると、反応するだけになり、脳の思考領域を使わなくなるので、思考力が無くなる。
昔の電子メールの頃から、必要もないメールのやり取りでは、単純で、決まりきった言葉しか使わなくなり、やはり、脳機能が失われる。
ところが、そんな、単純で省略された、そして、ワン・パターンの言葉使いが、「イケてる」と思い込むのだから、ミジンコ化一直線の電車に飛び込むようなものである。
いや、ミミズやミジンコの方が、まだ賢いと思える。
実に、万物の霊長とも言われた人間が、考えることを拒否し、反応するだけになると、ミミズに劣るのである。

ただし、ワン・パターンに陥り、無自覚なのだろうが、考えることを拒否するようになれば、たとえ、高度に見える数学や物理学や哲学をやっていても、やはり馬鹿になる。
難しい哲学用語を使う馬鹿といった人間は沢山いる。
一方、無教養に見える人間でも、きちんと考えることが出来る人間は賢く、それを真面目に続ければ、賢者、さらには、天才にすらなる。
もちろん、素朴な善い人であっても、考えることを厭い始めると、愚か者となり、小市民、小善人となり、そんな者は世の中に災厄をもたらす。

アインシュタインは、行進する兵隊達を見て言ったものだ。
「あいつらは、神様が間違って頭をつけたんだ」
しかし、神様は、ちゃんと意図的に、皆に頭をつけたのだが、それを使いたがらない性質を悪魔が与え、現代の悪魔は賢いので、テレビゲーム、省略語、携帯電話(特にスマートフォン)で、頭を破壊することが加速していったのである。

考えるというのは、見栄(虚栄心)のために小難しいことを言うことではなく、むしろ、そんな者は、どんどん馬鹿になる。
自分で泥をいじる経験をしながら考えることで賢くなるのである。
だが、学歴というのは、泥をいじらずに済ませようとする動機から、それを得ようと(あるいは、子供に得させようと)するものなのだ。
ある意味、高学歴ほど馬鹿である理由が、これで分かるのである。









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