「形から入る」という言葉があるが、人間をよく洞察した言葉だと思う。
社長の跡取りを立派な社長にするにはどうすれば良いかというと、よほど甘やかした訳でもないなら、少々頼りなくても、早い時期に部長、常務・専務にし、そして、必要なら、しっかりとした補佐役(常務や専務等)を置きつつ、社長にするのである。
あるいは、素質はあるが、未熟で成長が遅い社員も、部長にしてしまえば、案外に部長らしくなる。

形から入り、そのように振舞うことで、それになっていくものである。
ただ、上の方法でうまくいかないのは、実力が伴わない社長の息子を常務にした時、周囲が、その新常務を軽んじ、尊敬しない場合である。
特に、年配で経験を積んだ役員や部長が、「こんな若造」といった態度で接することもよくあるが、それは結局、自分で自分の首を絞める。
周囲の年配者は、ちやほやしてはならないが(ちやほやする者ほど、心の中では相手を馬鹿にしているものだ)、うやうやしい態度で接しなければならない。
それと同時に、社長の息子も、社長らしくすべきだし、親である社長も、息子に、子供の時から、自分が上に立つ人間であるという自覚を持たせないといけない。
とはいえ、いきなり社長にさせられ、社長室にひきこもったような息子でも、役員達が粘り強く社長扱いし、やがては立派な、父親以上の社長になったなんて例は少なくないのである。
ただ、まずいのは、親の社長が優秀過ぎて、自分の子供があまりに頼りなく思え、いつまでも子ども扱いすることだ。
心配しなくても、あんたもそれほど大したものではない。

社長の話は、あくまで一例のつもりが長くなった。
社長という重責でさえ、よほど悪い状況でなければうまくいくのであるという話であった。
そして、人間は、なりたいもののように振舞えば、そのようになるのである。
社長どころか、神のように振舞えば神にだってなれる。
ただし、神とはどのようなものであるかを知るのが難しいだけである。
同じように、あなたがなりたいものが、本当はどんなものか、出来るだけ正確に知る必要がある。
あるビジネスマンは、尊敬する事業家のように振舞うために、その事業家と同じ服を着、部屋(社長室)も、その事業家のものをそっくり真似、また、立ち居振る舞いや話し方も真似した。
やがて、そのビジネスマンと、その偉大な事業家の両方を知る者が、2人を「真にそっくり」と言い、そのビジネスマンも立派な事業家になったのである。
これは、実話である。

カート・ヴォネガットの小説にあったが、スパイとしてナチスに潜りこみ、広報担当として、あくまで上辺で、ナチス称賛の演説をしていたところ、その演説が、ナチス党員やナチスに味方する国民を大いに鼓舞し、彼がスパイとして本国にもたらす成果をはるかに超えてしまった。
そして彼は、人間とは、仮に上辺でも、真面目に振舞った通りの人間になることを悟る。
ヴォネガットは、人間をよく知る作家であり、これはリアリティのある話だ。
テレビドラマの『赤ひげ』でも、江戸時代の名医、通称「赤ひげ先生」として知られる医者のように振舞った、ただの町人の偽医者が、本当に病気を次々治して、自分で驚くという話があったが、これも、現実的な洞察によるストーリーである。

モテモテになりたければ、出来るだけ自分に似たタイプのモテモテ男(女)をよく観察し、同じように振舞えば良い。
テレビドラマのモテモテ男、モテモテ女でも、よほど現実離れしていない限り、真似のし甲斐はあるものである。
もっとも、モテモテになっても、あまり楽しいことはない。
金持ちになりたければ、金持ちのように振舞えば良いだけであるが、孫正義さんや三木谷浩史さんの真似なんて、なかなかうまく出来るものではない。
別にやっても悪くは無いが、欲張らず、あるいは、背伸びをせず、嫌いでなければ、アンタの会社の社長のように振舞ってみた方が良い。
『徒然草』にある通り、狂人の真似をすれば、即ち、狂人であるが、マザー・テレサの真似をすれば、即ち、マザー・テレサである。









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