「想い続ければ願いは叶う」これが原則と思う。
願いが叶わないのは、想いが弱いので継続しないからである。
ところが、しばしば、「しつこい」ほど継続する願いが、本当にいつまでも叶わないことがある。
その理由は、文字通り「しつこい」からだ。
レーザー光線のように真っ直ぐな願いと、「しつこい」願いの違いは何だろう?
それは、「美しい」か「美しくない」かだ。
美しくない願いは叶わない。
この「美しくなさ」を示すことに、指導者達は苦労し、それだけのために百万言を費やした。
ジョセフ・マーフィーは、「ソフトタッチでなければならない」と、簡単ではあるが、多分、苦労して考えた上で言ったのだと思う。

しつこい・・・を示す「執拗」という漢字をみれば、その醜さは一目瞭然である。
マーフィーの言う「ソフトタッチ」、つまり、軽やかさとはほど遠い。
まさに、北風と太陽・・・無理矢理にコートを脱がせようとする北風と、温めてコートを脱がせようとする太陽のごとしだ。
この目的の場合、しつこい北風は醜く、ソフトタッチな太陽は美しい。

ギンギラギンにさりげなく・・・なんて言っても、内側の欲望がしつこいと、いつまでもさりげなくいられるものではない。
だが、本当に、いつまでもさりげなくいられたら願いは叶う。

本当に、「しつこい(執拗)」と「ソフトタッチ(さりげない)」の違いは、真剣に考えるべきである。
それで一生が決まるのだからだ。
イソップの『北風と太陽』は、よく味わうべきである。
しかし、本当は、頭で理解するより、身体で覚えるに限るし、身体からでないと解らない。
腕振り運動を毎日千回以上、あるいは、四股を毎日300回以上を3年続ければ解ってくるのではと思う。
なぜなら、これらは、ギンギラギンではだめで、ソフトタッチでないと続かないからだ。
北風のようにではなく、太陽のようにやれるようになれば、そして、そのように願うようになれば願いは叶うだろう。









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