松下幸之助さんの「ダム経営」というのは良く知られていると思う。
これは、社内留保を持つこと・・・らしいのだが、早い話が、現金の蓄えを持てということだ。
そして、中島孝志さんの本で読んだが、どうすれば蓄えを持てるかというと、松下幸之助さんは「蓄えが欲しいと願うこと」だと言い、大抵の人は笑ったが、若き日の稲盛和夫さんだけは笑わなかったという。
私が、松下さんの本意とは違う解釈をしている可能性もあるが、「欲しいと願うこと」は、何とも奥深い教えと思う。

親が豊かなニートが一生働かないのは、働きたいと願わないからだろう。
「いや、願っているよ」と言っても、真剣に願っていないのだ。
「彼女が欲しいと真剣に願っているが彼女が出来ない」というのも、彼女が欲しいのではなく、愛玩動物か人生を彩る花が欲しいと思っているだけだからだろう。
ニサルガダッタ・マハラジのような無欲な聖者ですら、「願いが叶わないのは熱意が足りないからだ」と言うが、本気で真剣でなければ熱意は出てこない。
本当の熱意かどうかは、長期間継続するかどうかで判別出来るだろう。

敬愛するドワンゴ創業者の川上量生さんが、ドワンゴの代表取締役会長を退任し、さらに、取締役も退任したのは、彼の持っている願いがドワンゴに相応しくなくなったのだろうと私は思う。
昔、川上さんは、ひきこもろりを雇いたくてドワンゴを作ったと言っていたような気がするが、ドワンゴも普通の大卒ばかり採用するようになり、ひきこもりに居場所を与えたくてニコニコ動画を作ったと言っていた(ような気がする)が、ニコニコ動画も普通の動画投稿サイトになってしまったように思う。
N高等学校も、ひきこもりを救済する高校という面が強かったのが、これは、最初から、それだけという訳にはいかなかったと思う。しかし、そんな面がどれだけ残るかが問題であると思う。けれども、やはり、ただの未来型高校になっていくのだろうなあとも思う。
まあ、特に京大というのではなく、大学の工学部を卒業出来る点でいえば、川上さんは、それほどのひきこもりではないのかもしれない。工学部は実験が多く、ひきこもりでは務まらないと思う。
吉本隆明さんも、自分はひきこもり気質と言ってたが、東京工業大学を卒業しているから、やっぱり、少し人間関係が苦手というだけだったのかもしれない。ただまあ、吉本さんは、「昔は、ひきこもりの人間でも、ひきこもらせてくれなかった。殴ってでも連れ出された」と言っているが、その通りかもしれず、鍛えられたのかもしれない。
いずれにしろ、「ひきこもりの星」川上量生さんが通用しなくなってしまったことは、ひきこもりにとって悲しいことである。
人気脳科学者の中野信子さんは、『努力不要論』で、「ひきこもりは日本の資産」と、日本のひきこもりのユニークさ優秀さを称賛していたような気がするが、ひきこもりだろうが社交的だろうが、願うことのない者が資産になることはなく、負債である。
金持ち父さんは、「ポケットに金を押し込んでくるのが資産、金を奪い取るのが負債」と非常に分かり易いことを言い、家や車は資産ではなく負債と断言したが、税収をもたらすのが日本の資産で、税金を使わせるのが日本の負債である。なら、ひきこもりは、どんだけ面白かろうが資産じゃなく負債である。
だが、ひきこもりも真剣な願いを持てば、そうじゃなくなる。
川上量生さんも、もう一度、ひきこもりの役に立ちたいと真剣に願えば、あれだけ優秀な人なので復活するだろうが、あんだけお金があったら、もうそうは思わないかもしれない。

真剣な願いを持つには生命力が必要だ。
そこで是非、佐川幸義系Kay式四股(SKS)を毎日がんがん踏んでいただきたいと思う。









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