お釈迦様は、「苦しみの原因はあり、それは除くことが出来る」と言ったらしい。
そこまでは解るが、その方法となると、本人は簡単に言ったのかもしれないが、後の世の人が難しく言ったので、さっぱり解らない。
フロイトは「戦争はなくならない」と言った。
だが、その理由を言っているのだから、その理由を消せば戦争はなくなる。
ところが、「その理由」を難しく言ったのでさっぱり解らず、よって、戦争をなくす方法も解らない。

ジャイアント馬場さんは、「あらゆるモメゴトはヤキモチから起こる」と言ったが、なるほど、これならよく解る。
ヤキモチって、嫉妬とかジュラシーのことだ。
それらは皆、被害者意識から来る。
被害者意識とは、「自分は、あの人のように、もっといい思いが出来るはずだ」って妄想である。
ある職場で、40代の女性が、主任の男性にこんな不満を言うのを聞いたことがある。
「○○課長は、A子さんにだけ優しい。私とA子さんでは言い方だって全然違う」
主任の男性は笑って言った。
「それ、当たり前じゃない?」
女性は憮然として黙った。彼女だって、本当は解っているのだ。
言っては悪いが、その40代の女性は、見るからにオバサンで、A子さんは若くて、そこそこ可愛い。
限度はあろうが、扱いは違って当然だ。
その女性だって、皆を公平になど扱っていないはずだし、課長さんだって、出来るだけ差別をしないよう配慮しているはずなのだ。
我々が、このオバサンのようになった時・・・つまり、おかしなヤキモチや被害者意識を持った時にモメゴト、トラブル、果ては戦争が起こる。

このオバサンは、早い話が贅沢なのだ。
何で、アンタが若くて可愛い女性と同等に扱ってもらえるのか?
アンタだって、若いイケメンとブサイクなオッサンでは、扱いが全然違うはずなのだ。
だから、そんな贅沢を言わなければ、モメゴトは起こらないし、課長さんも、若い女性ほどではなくても、もっと大切にしてくれるものだ。
それと同じで、ヤキモチは贅沢から起こるだけなのだ。

戦争をやっている人達は、国民を守るためというよりは、正義のために戦うと言う。
だが、戦争を起こす人ってのはボンボン育ちが多い。
親の金が尽きて贅沢出来なくなったので、贅沢しているヤツを見て、ヤキモチや被害者意識を持ったから戦争するのだ。彼らの正義とは、自分がもっといい思いをすることなのだ。
貧しい者の戦いはレジスタンス(抵抗)って言うのだが、往々にして、レジスタンスもボンボンが起こしているものなのだ。
ボンボンって、頭が良い場合が多いので、周囲をそそのかし易いから、戦争が起こってしまうのである。

皆が、贅沢を言わなければ、身の程を知れば、争い、問題、戦争は起こらない。
まさに、神託の通り、「身の程を知れ」である。
「生きてるだけで丸儲け」と思えば、争いは起こらない。
そして、それは、自分が苦しくないから争いを起こさないのであり、贅沢を言わなければ、自分も楽なのだ。
40代の女性が22歳の女性と公平に扱ってもらいたいといった贅沢を考えなければ、自分も楽なのだ。
そして、当たり前に、そんな贅沢を言わないようであれば、ある意味、ただの若い女性より、よほど大事にされるのである。

では、ギリシャの神託のことは知らないのに、「身の程を知れ」を守っていた徳川家康は、どうすればそうあれるかをこう言った。
「上を見るな」
この言葉も誤解され易い。どうも、卑屈な感じがするのだ。
そうではなく、贅沢な者・・・つまり、自分の状況を不満に思っている者は、自分の千倍悪い状況を強いられている者を見れば良い。
それでも贅沢を言うなら、救いようのない馬鹿で、「いっぺん、死んでみる」しかない。

だが、心とは贅沢を言うものだ。
甘やかされたボンボンが贅沢を言うように。
だから、心を鍛えなければならない。
でないと、苦しいままだ。
私は、もう苦しむのは御免だ。
だから、贅沢を言わない練習をしている。
それは、うまくいっている。









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