ソクラテスが、売れっ子哲学者のヒッピリアスに「この世で一番美しいものを特定出来るか?」と尋ねたら、ヒッピリアスは「美しい少女だ」と答えた。
だが、ソクラテスが、「美しい少女も、女神の中に入ればさほどではないのでは?」言うと、ヒッピリアスはそれを認めた。
つまり、美しい少女が一番美しい訳ではない。
しかし、考えれてみれば、女神の存在を具体的に示すことは不可能なので、ヒッピリアス正しくないとも言えない。

最も信者が多い宗教はキリスト教だが、イスラム教がやがて追いつくという話がある。
イスラム教の魅力は何だろう?
あらゆる宗教の教えは、つまるところ、神仏を敬い、正しい人間になれってことだ。
そして、その見返りを提示しているのである。
浄土仏教では、極楽浄土に行けることで、極楽浄土は、全てが美しく、完全に快適で、何でも思い通りになるユートピアだ。
キリスト教の天国や、ヒンズー教の天界も同じようなものだろう。
しかし、実際に、ユートピアに住んだら、退屈で発狂するだろう。
ところが、イスラム教のコーランによれば、徳を積んで死ぬと、美しい清浄な乙女が与えられるという。
しかも、徳が多ければ、その乙女の数は増える。
そして、それらの乙女は、永遠に清浄な乙女である。
女性の場合は書かれていないが、凄いイケメンがかしずくといったものだろうか?
なら、「イスラム教、いいかも!」と、やる気になるのは間違いない。
キリスト教の元のユダヤ教やヒンズー教に影響を与えたゾロアスター教の聖典アヴェスターによれば、良い人間が死ぬと、15歳の絶世の美少女と仲良くなれるらしいが、似た発想である。

キリスト教や仏教は、もっと高尚を装っている。
しかし、釈迦が、16歳の美少女との結婚が決まっていたアーナンダに天女を見せ、「アーナンダよ、修行すれば、この天女はお前のものである」と言ったら、アーナンダは婚約者を捨て、修行に励んだ。天女と比べれば、人間の美少女など、年老いたヨボヨボの猿と変わらない。
ただし、釈迦のは、あくまで、修行させる方便であり、また、実際に天女を見せられることはないであろうから、イマイチ、凡人のモチベーションにはなり得ず、イスラム教やゾロアスター教の勝ちである。

そうなると、成功哲学の大家ナポレオン・ヒルが、「成功には性エネルギーの活用が必要」と言った訳が解るのであり、イスラム教やゾロアスター教は、その原理を用いているのである。

私が、「立派な人間になれば、初音ミクはお前のものである。さらに立派になれば、IAもつけるぞよ」と言われたら、私は、「それは頑張らねば!」と思うことだろう。
見栄を張らずに、そして、小難しい高尚な言い方を止めれば、こういったことなのである。
そして、次のことが肝心である。
それは、「私が立派になれば、初音ミクさんは、あの世で俺の嫁」と信じるしかないということなのだ。
イスラム教だって同じなのである。
信じるしかない。信じる以外のことは出来ない。
スティーブ・ジョブズだって、スタンフォード大学卒業式の、あの名スピーチで言ったではないか?
「何でもいいから信じろ」
と。
それが成功の本当の秘訣なのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加