「生きる術(すべ)を見つける」というのと、「生きるための武器を得る」というのとでは、どちらが好きだろうか?
同じようなものなのかもしれないが、「生きる武器」の方は具体的で、特別な何かのような感じで、「生きる術」は、策略、考え方、ありきたりな手段といったように思うが、人によって違うかもしれない。
例えば、プログラミングをマスターするのは「生きるための武器」を得ることで、就職してサラリーマンになるのは、「生きる術を手に入れる」ことのように思う。
「生きる術」は、誰もが持っていなくてはならないが、「生きるための武器」があることは、さらに良いことのように思う。

そこで、何とか生きる術を持っている人にお奨め出来る生きるための武器が、Excel VBAで、Access VBAはもっと良いかもしれない。
生きる術を持たない者は、なかなかこれらをマスター出来ない。
VBAは、生きるための最小クラスの武器だが、言ってみれば、拳銃のようなものだ。戦車やバズーカではないが、いつでもどこでも役に立って心強く、しかも、ナイフや棍棒よりはるかに強力だ。
そして、ボロ拳銃でも、それなりに役に立つが、磨けば、ワルサーP99のような高性能な銃や光線銃にもなる。

無法地帯で生きるのに直接役に立つ武器は拳銃で、これはVBAに当たる。
一方、外国語が出来るというのは、策略で、無法地帯で強いボスの子分になったり、徒党を組んだりするようなもので、才覚が必要だ。ボスは気紛れで、仲間は裏切る。それをうまくコントロールする能力や努力が必要なのだ。
英語学校のCMでは、まるで、英語が生きるための武器になるようなことを言うが、本当は、外国語を武器にするには、このように策略として用いる必要があり、才覚が必要なのだ。
楽器演奏が出来たり、絵が描けるというのはさらにそうだが、外国語もそれに近いのである。
プログラミング一般も、英語ほどではないが、そういった策略的なところもある。
だが、VBAで儲けるには、あまり策略はいらない。
確かに、研究者や技術者が策略としてVBAを使うことはあるが、それはやや意味が異なる。彼らは、マグナム銃のような、強い武器を持っているのである。
だが、マグナム銃は、儲けは大きいが、小回りが利かないなど、万能性に欠ける。

『アラジンの魔法のランプ』のお話には、強力な魔力を持つランプの魔神と共に、ランプの魔神にと較べればやや力は劣るが、やはり魔力を持った指輪の魔神が登場する。
私は、子供の時、このお話を読んで、圧倒的に、魔法の指輪の方を愛した。
ランプは持ち運びが大変だが、指輪なら指につけておけば良い。
VBAというのも、魔法の指輪のようなものだ。
魔法のランプを崇める者には馬鹿にされるが、この上なく便利で、十分に強力なものだ。

「ツイてる」とか「絶好調」といった呪文も、生きるための武器である。
まずは、生きる術を持たなければならない。
拳銃を持つより先に、住む家や着る服が必要なようなものだ。
だが、生きる術は、実は、遺伝子の中に既にある。
DNAが持つ遺伝子情報は、生きるための戦略の宝庫なのだからだ。
だから、遺伝子を解放すれば、生きる術は楽々得られる。
では、遺伝子を解放するにはどうすれば良いかというと、自分で生きる意思を持つことだけである。









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