イチローや、テッド・ウィリアムズや、ニコラ・テスラや、堀部正史さんや、伊藤博之さんのように、起きている時間、ずっと修行している人が特別な人間になる。
では、我々は何をすべきだろう?
凡人は、特別になるなどという、分不相応なことを考えてはいけないのだろうか?
そうであるとも言える。
しかし、そうでなくすことも出来る。
早い話が自分次第だ。
まずは考えることをしなければならない。
ただし、無駄なことを考えても仕方が無い。
斎藤一人さんが『変な人が書いた驚くほどツイてる話』に書いていたことだが、斎藤さんはプロの商人なので、1日中、金儲けのことを考えているし、プロの力士は「あいつをどうやって投げてやろうか」と1日中、考えている。
そんなふうに考えることだ。
ジャイアント馬場さんは、彼が「最高のレスラー」と思い、この上なく憧れたバディ・ロジャース(世界ヘビー級王者。ニックネームは「野生児」「ネイチャーボーイ」)をじっと観察していたら、ロジャースはずっと考えていることが分かったと言う。他のレスラー達が、移動中の電車の中等で、酒を飲んだり、ゲームをしたり、雑談をしている間、ロジャースだけはずっと考えていた。
プロレスは本物の格闘技ではないので、ロジャースはお客さんを喜ばせる方法を考えていたのだ。
馬場さんは、「ずっと考えている人と、そうでない人では、やっぱり差がつく」と述べておられた。
「考えるだけでは駄目だ」と言う人もいるが、「ずっと考えること」は最高の行動を生むのである。
駄目な「考える」は、せいぜい、1日数十分しか考えていないのだ。せめて、1日3時間は考えないといけない。
「エロいことばかり考えている」なんて言われている者なんて、やっぱり本当はわずかしか考えていない。本当に長時間考えているなら芸術家になれる。
池田満寿夫さんは、猥褻と芸術の違いは、ソフィスティケート(洗練)されているかいないかの違いだと言ったが、ずっと考えていないとソフィスティケートされないのだ。
池田さんは1日中、エロいことを考え、ソフィスティケートしたので、世界的版画家になったのだ。
もちろん、イチローも、テッド・ウィリズムズも、1日中、野球のことを考え、自己のバッティングを洗練させたのだ。

私は、1日中考えることを、短期間なら割とやっている。
それは、本物ではないかもしれないが、威力はある。
ある時期(数ヶ月か1年くらいだろうか)、コンピュータープログラミングのことばかり考えていたので、プログラミングが非常に上手くなり、プロになった。
プログラミングをマスター出来ない者や、さして上手くならない者もいるが、そんな者は、考える時間が少な過ぎるのである。
私が社会人になって初めてやった仕事はセールスだったが、セールスの会社に入った時、若くしてセールスで成功した支店長が、「数ヶ月はセールスのことだけ考えて下さい」と言ったのをよく覚えている。
私は、素直にセールスのことばかり考えたので、新人ながら、ベテランの強者セールスマン達を押しのけ、セールス・コンテストで優勝した。
ベテラン達は、セールスのことを考えるのを怠っていたのだ。
ビル・ゲイツは、IBMパソコンに搭載するOS争いで、天才ゲイリー・キルドールに勝ったが、その要因を「一生懸命働いた」「キルドールは怠けていた」と言った。
それは、ゲイツがずっとOSのことを考えている間、キルダールは飛行機遊びをしたり、いろんなことをやって、別のことを考えていたということだ。

プロになれないミュージシャンは、やはり、音楽のことを考える時間が少ないのである。
1日中、音楽のことを考えているのに、プロになれないことは考えられない。
「1日中考えることが出来ることが才能だ」と言えば、確かにそうなのだが、逆に、1日中考えれば、DNAは変化し、才能が出来るのである。それは本当であると思う。

今回の記事は、書いたはずの私が座右の書とすると決めた。
どうも、高次の存在が私に書かせたようだ。









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