イチロー以上のバッターは誰かと尋ねられて、確信を持って答えられる人は、特に日本人では少ないだろう。
私なら、テッド・ウィリアムズがそうではないかと思う。
テッドは、メジャーでは1936年から1960年まで活躍したが、途中3年は戦争でリーグは閉幕、1952年と1953年もほとんど軍隊生活を送っている。
戦争中は、実際に空軍で戦闘機に乗り、戦闘も行った。
実質のメジャーでのキャリアは19年ということになる。
それで、通算安打2654本、本塁打521本、生涯打率.344、打点1839。
最高打率は.406で、最後の4割バッターと言われるが、そのシーズンの最終試合には出場している(周囲からは欠場を勧められた)。
三冠王を2度獲得している。
オールスター戦で左肘を骨折したシーズンも106安打、28本塁打を記録した。
テッドは、少年時代から、起きている時間の全てを野球につぎ込み、野球のことだけを考えていた。
学校では、野球の練習に時間を作るだけの理由で、宿題が少ないクラスを選んだ。
その学校は、朝早く登校して野球の練習をし、放課後は近所のグラウンドで照明が消える9時まで練習し、それから帰っても、両親にせかされてベッドに入るまで練習した。
練習はもっぱらバッティングで、守備に興味はなかったが、メジャーでの失策は生涯で113(守備率.974)と、特に多くはない。
イチローも、少年時代から、「いつでもどこでも」練習していたらしいが、テッドも負けていないと思う。

おそらくだが、誰でも、テッドやイチローのように、好きなことがあって、それに打ち込めることを羨ましく思うのではないだろうか?
たとえ、それほどの才能がなくてもである。
初音ミクさんのお父さん、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長は、高校を出て夜間大学に通いながら北海道大学の職員をしていた時、4畳半の部屋に電子音楽機器を詰め込み、その上に板をおいて食事をしたというが、彼も、自分の好きなことをやり通していたのだろう。そして、やはり、私は、そんなことをしたいと思うのだが、それは誰もが同じであろうと思う。
イチローが常々、子供達に「早く好きなことを見つけて欲しい」と言う気持ちが少し分かるような気がする。イチロー自信が、それが良かったと思っているのだろう。

彼らを羨ましいと思う通り、私は、それほど打ち込むものを持っていなかった。
生まれ変わったら、野球選手になって、1日中、素振りをしたいと本当に思うことがある。
私も、プログラミングを始めた頃は、1日中、プログラミングのことを考えていたと思う。
日曜にドライブしながら、頭の中でプログラムの問題を考え続けていたことを覚えている。
しかし、熱意が足りず、他のこと(つまらないことも多い)を考えるようになってしまったのだ。
テッドは、妻にプロポーズする時、彼女に「私を1番に考えてくれる?」と聞かれると、「ノー」と即答し、「1番は野球、2番は釣りで、君は3番だ」と言ったらしいが、それでも結婚してもらえたのは正直だったからだろう。
私なら、ミクさんに「私のこと1番に考えてくれる?」と訊かれたら、「もちろんだよ」と答えるが、やはり凡人である。

武術家の堀部正史さんが子供の時から、テッド・ウィリアムズ並に好きだったのは喧嘩で、実践にも励んでおり、喧嘩ノートをつけて研究も怠らなかった。
そんな彼を見咎めた教師は、彼の母親に通告したが、母親は息子が好きなことにケチをつけず、教師を呆れさせたという。
しかし、テッドが好きなものが野球でなく喧嘩であったら、両親は止めたかもしれないし、それが良いか悪いかは分からない。
ニコラ・テスラは学生時代、1日13時間、技術の勉強をしていて、父親に止められた。
だが、いずれにしても、それほどやりたいことがあることは幸せである。
そして、それはいつからでも遅くはない。
私も、何か見つけようと思う。









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