『クリスマス・キャロル』のスクルージは、なぜ、あそこまで愚か・・・冷酷無慈悲、守銭奴、エゴイストだったのだろう?
それは、おそらく、他人を呪う心・・・恨み、憎しみ、嫌悪が大きくなり過ぎたのだろう。
ジャイアント馬場さんは、あらゆるモメゴトは嫉妬から起こると言っていたが、あらゆる不幸は人を呪うことから起こる。
「人を呪わば穴二つ」というのは、紛れもない真実だ。
では、スクルージがなぜ生まれ変わったのかというと、自分の愚かさを客観視したからだ。
小説だからスクルージはそんなことが出来たが、普通は、たとえ気付いても手遅れだ。

ところが、私は、人を呪う愚かさに気付き、誰も呪わなくなった。
間に合ったのだ。
『地獄少女 二籠』を見ていると、本当に人を呪うことの愚かさが解る。
これを私は、「スクルージ効果」とでも言おう。
私は「スクルージ効果」で救われたのだ。
人を呪わないと言うことは、人を恨まない、憎まない、嫌わないということだし、自分も人に恨まれることはしないでおこうと本当に思うことだ。
人を呪わないことはお得だという、コスパの高さを理解したのではなく、人を呪う愚かさを思い知ったのである。

『地獄少女』は、第1期は、それほどの作品ではなかったように思う。
人気声優の能登麻美子を主役にしたのだから、それなりに力は入れていたとは思うが、人気が出てくるごとに高品質になっていき、『地獄少女 二籠』はもう名作だ。その後の続編もある。ただ、今年秋公開予定の実写版は・・・本音を言うとやめて欲しいが、人気ゆえに作られるのだから、そんなに嫌がらないでおこう。
ところが、私は『地獄少女 二籠』の18話あたりを観てから、1年以上、続きを観ずに放置していた。
『BEATLESS』を観始めたせいかもしれない。
別に、作品の優劣の問題ではなく、その時の自分のフィーリングに合ったのが『BEATLESS』だったということだ。
それで、長い間『地獄少女』に興味を失っていたのだ。
閻魔あいちゃん、あんなに可愛いのにね(畏れ多くて嫁には出来ないが)。

このようなことが起こったのは、今月(2019年3月)2日の記事腕振り運動以上の生命エネルギー活性化法に書いた、その生命エネルギー活性化法のおかげで、生命力強化というよりは、胸のつかえが取れ始めたせいと思う。
人を呪うことは、本当に損であるし、何より、醜い。私は醜いものが大嫌いである。
その方法をやることをお薦めする。胸に詰まった余計なものが溶けると、大抵のことはうまくいく。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加