同性愛者が堂々、同性愛者宣言をするのをよく見聞きするようになったし、法律で同性婚を認める国もあるらしい(オランダ、スペイン、カナダ等)。
同性愛が善いかどうか、同性愛者が幸福か不幸かはどうでも良いことだ。
好きなものは仕方がないし、異性愛者にも不幸な者はゴマンといるのだから。
潜在意識が異性愛になっていれば異性を愛するし、同性愛になっていれば同性を愛する。それだけのことだ。
日本では、人口減少が深刻な問題のように言われるが、世界的には人口が増え過ぎて困っているという話が多いし、人口が少なくなっても、やがてAI(人工知能)ロボットが、人間の代わりにかなりの労働をやるようになるから、別に困らないという意見もある。

ところで、ロリコンが認められることにはなりそうもない。
同性愛者と比較にならないくらい多いのに。
これも、同性愛者同様、潜在意識がそうなっているのだから、どうにもならないことなのだ。

また、世の中には、常識的な感覚ではもっと理解し難い人もいくらでもいる。
血を飲むのが好きとか、さらには、人肉を食べたいという欲求を持っているとかで、異常なように思うかもしれないが、明らかに一定数はそんな人達がいるらしい。
そして、それだって、善いか悪いかの問題以前に、潜在意識がそうなっているのだから、好きなものは仕方がないのである。

自分の好きを、他者への配慮なく満足させて良い訳では当然ないが、自分の好きには逆らわない方が良い。
それは、ビルとビルの間にかけた、幅50センチの橋を渡るようなものだ。
理屈の上では簡単なことだが、潜在意識の強力な反発に遭い、それと戦いながら実行するのは不可能だ。
潜在意識に逆らうことは、それほど無謀なことなのだ。
かといって、人を殺して食べて良い訳ではないし、幼い女の子をさらって善いはずもない。
とはいえ、よほどの馬鹿でない限り、そんなことは、実際に他者を犠牲にしなくても、欲望を満足させる方法があるはずなのだ。
ところが、今はそんな「よほどの馬鹿」が増えているから困るのである。

そして、「恐ろしい馬鹿」が増えた原因というのは、潜在意識に逆らうからなのだ。
なぜ潜在意識に逆らうのかというと、世の中で異端者として排除されたくないからだ。
だがなぜ、世間の人々が同性愛者やロリコンを白眼視するのかというと、「同性愛者やロリコンでない自分は、そんなやつより優れている」と言いたい者が多いからで、そんなやつってのは劣等感の塊なのだ。
自分に自信のある者というのは、少なくとも、同性愛者やロリコン程度を見ても冷静なものである。
そして、自分に自信がある者というのは、潜在意識に逆らわない者だ。
エマーソンが「僕の本性が悪魔なら、僕は悪魔になり切る」と『自己信頼』に書いたようにだ。
だが彼は、自分の本性が悪魔だからといって、自分の欲求のままに悪の限りを尽くすと言った訳ではない。

潜在意識に特殊なプログラムをされてる者が問題を起こす理由は、強制的、あるいは、盲目的に潜在意識の「好き」に動かされてしまうことだ。
いや、これは、世間では異常と見なされないクラシック音楽好きやワイン好きの場合も全く同じなのだ。
自分が何が好きかくらい分かるだろう?
それをよく自覚し、自分の好きを冷静に観察することだ。
インドの聖者はとかく、心の全ての動きを観察しろと言うが、そんことは不可能、無茶だ。
観察すべきは、自分の「好き」だけである。
それを意識出来れば、潜在意識のエネルギーが解放され、大きな力を得るだろう。









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