皆様もご存知と思うが、父親からの虐待を訴えた小学4年生の女子児童が、訴えた内容を父親に筒抜けにされたまま、父親のところに送り返され、結果、より酷い虐待を受け、死んで(殺されて)しまった。
人間が、他人の悲惨に鈍感に出来ているのは、そうでないと生きられないからであるが、あの子ほどでなくても、いじめ、虐待、パワハラに遭った経験があれば、あの子の無念を想うと眠れないであろう。

あの事件で私が思い出すのは、ある途上国に派遣された医師の話だ。
患者数千人に対して医師は自分1人。しかも、看護師はおそろしく未熟で、医療器具や薬も足りない上、それを手配する事務作業も自分でしなければならない。
文明国の病院なら死なずに済むような患者が毎日沢山死んでいく。
ところが、ある時、文明国からやって来た医者が、彼の医療が手抜きだ、不適切だと厳しく批判したが、彼がそうせざるを得ない事情をいくら説明しても・・・いや、すればするほど激しく罵られる。
あの虐待死した女子児童に関しても、関連機関やその職員の対応が批判されたが、そんな職員達も、この医師と似た状況にあるらしい。

すると、単純に言えば、あの女子児童が亡くなった原因は何かというと、一言で言えば、金がなかったということである。
職員を増やし、予算を使え、より良い対応をするノウハウを得るための研究をするための金が全くなかった。
では、やはり日本はもう金がない衰えた国であるかというと、とんでもない話で、日本は途方もなく豊かな国で、「金はなんぼでもある」のである。
だが、その「なんぼでもある金」は、変なところに消えているのである。例えば、税金で運営される機関で、ほとんど働かずに大企業の重役並の給与を受け取っている者が(なんぼでも)いるとかである。
東京都知事だった舛添要一氏の税金の無駄使いが叩かれたことがあったが、その前の知事だった石原慎太郎氏が「あんなん普通や」といったことを言ったが、実際、あれなら、まだマシなのかもしれない。
かつて民主党が与党になった時、超革命的とも思えた政策を打ち出すと、「そんなことする金どこにある?」と聞かれ、小沢一郎氏が「金ならなんぼでもある」と言ったのは、無駄に使いまくられていた税金のことを言ったのであり、小沢氏は本気でそんな金に手を出そうとしたのかもしれないが、あれほどの人が、敵を甘く見過ぎていたのだろう。あっという間に潰されてしまった。
自身が公金不正使用で訴えられ、無罪にはなったが、あらゆる攻撃を受け、政治家としての力をほとんど失ってしまった。いまだ正気で政治家をやっていることは驚愕としか言いようがない。本当に凄い人だ。
橋下徹氏がさっさと政治家を辞めてしまったのも、小沢氏と違い、逃げられるうちに逃げたのかもしれない。所詮、無力なのである。

あの女子児童に比べたら、多少辛いことがあっても、ほとんどの人の状況は天国のようなものだ。この豊かな国では。
イエスも、最悪を免れている人々に「今の恵みを想え」と言ったのである。
私が実質ニートだった大学生の頃、どういう訳か、女子小学生達が大挙して遊びに来て、リクエストに応じて、お姫様抱っこみたいなことは散々やったが、少年的な雰囲気のあるすらりとした美青年だったから怪しまれなかったが、これが、中年でなくても普通の大人ならアウトだったろう。今の時代なら、女子児童に声をかけるだけで警察に引っ張っていかれかねない。
しかし、後で考えると、良寛さんのように一緒に遊んでいた子供達(大半は女の子だったが)の中には、おかしな子がいたものである。
中には、さりげなく辛い状況を訴えていた子もいたような気がする。

さて、今日も出勤。
月曜が祝日だと、その前の土曜と次の土曜両方が出勤になる会社だが・・・天国だ。









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