引き続き、「暇」は超大切な友であるという話を続ける。
日本最高の思想家の1人である吉本隆明さんは、『ひきこもれ―ひとりの時間をもつということ』という、ひきこもり肯定の本を書いているが、ひきこもると暇なのであり、その暇な時間の重要性を訴えているようにも思えるのだ。
吉本さんは、自分の子供達がぼーっとしていたら、それは大切な暇な時間と認識し、この日本最高の思想家が自ら買い物カゴを持って買い物に行くことも厭わなかった。
吉本さん自身、ひきこもり気質であったというが、彼も、ひきこもっていたことがあったので、その時間の大切さを知っているのではないかと思う。
だから、彼は、ひきこもりを無理矢理社会に出すやり方には異を唱えている。
もちろん、ずっとひきこもりで良いと言っているのではなく、理に適ったやり方が必要だと言っているだけである。

私も、ある成功した経営者に強く言われたことがある。
「ぼーっとする時間も大切だ」
「いつもセカセカ仕事をしているようではいけない」
「何もせずにのんびり出来る度量がなければ成功しない」
しかし、ほとんどの人は、バタバタ走り回る姿を見せ、「俺は仕事してるアピール」をせずにいられないのであり、そんな者達には、暇を与えず仕事をさせれば良いのである。
才能ある子には、素晴らしい教育ではなく、暇を与えれば能力を伸ばすことだろう。
そりゃ、ニコラ・テスラのように、学生時代、1日12時間勉強した大天才もいる。
しかし、肝心なことは、テスラは勉強をやらされた訳ではなく、自主的に独学で勉強したのである。
よって、何の勉強をしたかは不明なのだ。
これって、つまり、究極の暇人ではないだろうかと思うのだ。

事業者や科学者として、超多忙という人は確かにいる。
しかし、そんな人達だって、子供時代は暇だったということが多いと思う。
また、若い時に、仕事で暇なポジションを与えられた場合が多いのだ。
アインシュタインも、大学を出ても科学関係の仕事を得られず、やむなく特許局の事務員になったが、見つからないよう、物理学の研究をし、その時にも、画期的な論文を書いている。これも、やっぱり仕事が暇だから出来たことのはずなのだ。
わが敬愛する超能力研究者の中岡俊哉さんは超多忙だった。生涯400冊の著書、テレビ番組の企画とテレビ出演、個人相談、国際学会の主催・・・寝る間もない忙しさだった。
しかし、子供の時は貧しいながらのびのびしていたようだし、中国に渡って就職した時、周りが過酷な重労働を強いられる中、楽な事務職に就いて、現地の人達と交友を深めることが出来た。
また、ニコラ・テスラ同様、全ては誰にも強要されず、好きでやっていたことなのだ。

暇な時間を得るには?
他人に媚びないことだ。
そのタイトルの本を読んだことはないが、嫌われる勇気を持つことだ。
岡本太郎も言っていたではないか?
「嫌われていい。いや、嫌われないといけない」
これだ!
だが、嫌われる覚悟が出来ている者は、ほぼ間違いなく好かれるというか、それを超えて、敬われる。
そして、出来れば、誰にも出来ないことを何か出来るようになっておくことだ。
別に大したことでなくていい。
ExcelでVBAプログラミングが出来るなんて超大したことだ。99%の人は出来ないのだから。
だから、そんな大したことでなくてもいいのだ。
大俳優の丹波哲郎さんは、サラリーマン時代、仕事は1秒もしなかったが、宴会の仕切りだけは誰にも負けなかったらしい。
ちなみに、特技を持てる方法はただ1つ。
時間を無限に費やすことだ。
丹波さんの宴会の段取りも、普段、仕事をせずに遊びまわる中で身につけたに違いないのだ。

参考になったと思う(なったと決め付けている 笑)。









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