昨日、「暇」がどれほど良いものであるかを述べた。
ただ、世間のイメージには、「小人閑居(かんきょ)して不善をなす」(つまらない人間は暇だとロクなことをしない)というイメージがある。
しかし、これって、国民を牛馬のごとく働かせるための、国家の思想統制ではないかと思う。
暇だと、酒ばかり飲んだり、色事ばかりにのめり込むやつって、それまで忙し過ぎたり、ストレスがある連中だろうと思う。
だが、芸術家がその典型だが、酒と女に溺れて暇なやつらが大画家、大作家、あるいは、大科学者にもなる。

西村博之(通称ひろゆき)さんの受け売りだが(西村さんも『銃・病原菌・鉄』という本で学んだ)、白人が有色人種を支配出来たのは、食料を生産し、輸送し、保管する技術を発達させるのに都合の良い場所に住んでいたからで、食べるために働く時間が短く、暇だったので、頭を使い、科学技術を発達させ、武器も作ったからだ。
きっと、「もっと暇出来るよう、征服したり、奴隷を作ろう」と考えたのだ。

アインシュタインがなぜ賢かったかというと、やっぱり暇だったからではあるまいか?
アインシュタインは、子供の時、「光と一緒に飛んだらどうなるだろう」と考えたらしいが、なんて暇な子なのだろう(笑)。
暇でなければ、そんな相対性理論のヒントになる考察などしなかった。
ヴァイオリンは、先生が嫌いですぐやめた(後に、「暇だったので」1人で練習した)ので、習い事などせず暇だったのだろう。
学校の勉強もせずに落第生で暇だったし、大学受験に落ちて、予備校で優雅に過ごし、無試験で大学に入った(予備校に1年行けばそう出来た)ようだ。
大学に入ってからも、講義は嫌いで一切出なかったし(卒業試験のための詰め込み勉強はしたが、それは試験直前だけである)、苦学生だった訳でも、ディスコでフィーバー(そんなもん、あるはずないが)していたのでもない。暇で、本を読んだり、大学の実験室を無断借用して趣味の実験をしたりで、伸び伸び知性を伸ばしたのである。
あんまし暇だったので、数学家の女の子を口説いてもいた(後に責任取って結婚した。偉い)。
そして、彼があまりお金を必要としない性格であったことも幸いした。
いつも同じよれよれの服を着、靴下を履かず、美食家でも金のかかる趣味もなく、金を稼ぐために必死で働くこともなく暇だったから、大発見も出来たのだと思う。

大画家となると、もう明らかに暇だ。
ピカソは家が豊かで、芸術の勉強以外は暇だったし、名門美術学校に行ったこともあり、早くに画家として成功し、金があったので、作品作りに没頭出来た。
だが、あんまし暇なので、美術学校の女の子を口説きまくり(まあ、「ボク、ピカソ」の一言で口説けたらしい)、60歳過ぎて二十歳前後の「妻」が何人もいたとか。羨ましい(笑)。
ゴッホは貧乏だったが、なんと、弟のテオが生活や絵画制作のための一切の経済面をまかなってくれて、ゴッホは「描くだけ」の人だったのだ!
ゴッホの絵は、ゴッホが生きている間は1枚も売れなかったが、素晴らしい弟のおかげで、「絵を描く暇なら無限にあった」のである。
宮沢賢治だって、家が大金持ちで、暇だったので、考える時間や創造的趣味に費やせる時間がたっぷりあったから、名作を沢山書けたのではないか。

そして、今の時代、賢く振舞えば、誰でも暇になれるはずなのだ。
しかし、首尾よく暇になれても、創造的な暇人であると良い。
ただ、創造的と言っても、何が創造的かは分からないが。
ゲームばかりやってるのは創造的に見えないが、ゲームばかりやってて、そのおかげで成功した人もいるのだしね。
まあ、全ては自己責任でということで。
以下ご紹介する西村博之さんの本は、本当に有意義かどうかは読む人次第だが、面白いし、賢く応用すれば確かに強力な武器と思う。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加