貧乏ゆすりは、周囲にいる者からすれば不快な行為であるが、身体を温めるとか、血行を良くするために行っているのであり、やっている本人は気持ちが良いのである。
また、貧乏ゆすりは、左右均等に行う訳ではない・・・例えば、まず右脚をゆすって、次は左脚といったものではなく、片方の脚ばかりゆすっている場合があることから考えると、身体の歪みを矯正する無意識の行為でもあるのだと思う。
すると、それもまた必要な行為で、やっている本人は気持ち良いのだと思う。

私がある大学を受験した時、試験中、貧乏ゆすりをしている受験生がいて、その前の席の受験生が、その貧乏ゆすりをしている人に、たまらず注意していたことがあった(人にそんな注意をするのは勇気がいるものだと思うので、よくよく耐え難かったのだろう)。
すると、貧乏ゆすりをしていた受験生は貧乏ゆすりをやめたが、しばらくすると、また貧乏ゆすりを始め、また注意をされる・・・全く迷惑な受験生である。

貧乏ゆすりは、いずれにしろ、身体のために起こる無意識な行為であるから、やめさせない方が身体のためには良いのだが、迷惑だし、実質的被害がなくても、だらしないので、視界に入るだけで不快に思う人も多いだろう。気にしない人もいるのだと思うが、私も不快に思う方だ。
貧乏ゆすりは、自分は気持ち良いからと言って気にせずやって良いものではない。
それは、喫煙やスマートフォンいじりと同じで、場所をわきまえる必要がある。

そして、貧乏ゆすりが多い人は、やはり身体に問題があるのだ。
主には、姿勢の歪みにより、骨、筋、血流、その他に歪みが生じているのである。
それは、やはり、多くの場合、怠惰な生活を送ってきた自分の責任であり、それを解消するために、人様に迷惑をかけて貧乏ゆすりをするのが正しいはずはない。
では、どうすれば良いかというと、毎日、貧乏ゆすりをしなくて済む運動をすれば良い。

私が毎日やっている運動は、貧乏ゆすりと同じではないが、似たところはある。
まず、振幅が小さいことと、延々繰り返すことだ。
スクワットは、それこそ、数センチの振幅で数百回繰り返す。あまりしんどくはないが、血行は良くなり、実用的な筋肉が発達し、小振幅とはいえ、丁寧に姿勢正しくやるyので、身体の歪みも調整される。
おかげで、痛いところや不快なところは全くなく、普段の動作は軽やかで、いつも姿勢はぴしりと決まっている。
日本人だけの傾向かどうかは分からないが、運動と言えば「効く」つまり、しんどくて、辛いものでなければ有り難くないと思っている人が多いと思う。
そんな辛い運動も、スポーツ選手には必要性があるのかもしれないが、そんな運動を無理にやっていると身体を壊すし、一流のスポーツ選手は引退時には身体はボロボロである。
また、学生時代、みっちりスポーツをした人には、後遺症で身体の不調を抱えた人が多いはずだ。
私は、元々、腰痛を避けるため、腹筋運動はしなかったが、今は、首だけを上げる腹筋運動をしていて、これだと、数百回を楽々やれるが、腰痛は全く起こらず、身体が引き締まり、体調も良いのである。
腕振り運動は、毎日千回やっているが、筋肉を刺激して発達させ、血行が良くなると同時に、背骨や腰の骨を調整して正しい位置に戻すので、やはり、身体が軽やかになる。
腕振り運動の振幅は、意識的に小さくしている。
無論、そんな私は、貧乏ゆすりとは無縁である。
身体が正常なら、寒かったり、身体に歪みがあると、筋肉が自動的に小さく振動し血行を良くするのであり、貧乏ゆすりが必要になるなら異常度が大きいので、対策しないと、やがて困ったことになりかねないだろう。









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