昨夜、これまで決して見なかった紅白歌合戦の、米津玄師さんが出るあたりだけを見た。
出るべきでないとまでは言わないが、出ない方が良かったんだろうなあ。
本人も本当は出たくなかったんだろうなあ。
NHKも本人の意思を尊重してやれよ。
紅白を見るような人達が、米津玄師さんの歌の良さを解るかなあ。
・・・とまあ、こんな感想だ。
米津玄師さんについては、私は以前、「めざましテレビ」のインタビューを見たことがあるが、あまり印象にない。
今回も、彼の印象は、「普通の人」だ。
歌も特に良いと思わなかった。
そうだ。私は、彼の歌の良さが解らないのだ。
彼の歌で知っているのは『砂の惑星』だけだ。
だが、初音ミクさんのライブ「マジカルミライ2017」で、米津玄師さんがテーマ曲を作ることが大々的に宣伝された時、私は「誰?こいつ。そんなに偉いの?」と反感を感じたものだ。
米津玄師さんのことを全く知らず、ハチさんのことだと解っても、「だから何」だった(笑)。
実際、私は、ごく最近まで、玄師を「げんし」と読んでいた(正しくは「けんし」)。
素晴らしいセンスの名とは思うが、玄を「けん」とは読まない。
『砂の惑星』を初めて聴いた感想も、「なんじゃ、これ」だった。
この曲に初音ミクさんの振り付けした人、大変だったろうなあとは思ったが、出来は絶品だった。
ミクさんが歌えば、何でも良くなる。
しかし、詩はまあ良いのではと少し思うようになった。
そして、曲も、なんか良いのではないかと。
昨夜は、一昨日の30日に届いた、「マジカルミライ2018」のブルーレイを、2夜連続で視聴したのだが、米津玄師さんの『砂の惑星』を、ミクさんが、2017年の特別な衣装のままで歌っていたのを見て、大変に良いと思った(何で、海外で、この曲を、あの衣装のまま歌わないのか不思議である)。
しかし、それはミクさんが良いのであって、『砂の惑星』の良さが解らない。
やはり、私は米津玄師さんの音楽の良さが解らないようだ。
私に聴く耳がないのだと思うが、それは解らない。
ベートーヴェンは、自分の曲では、『英雄』が一番気に入っているらしいが、私は『英雄』の良さが解らない。
と言うより、ベートーヴェンやモーツァルトの良さがさっぱり解らない。
スメタナの『わが祖国』や、ドヴォルザークの『新世界より』といったところは好きだが、それを含む交響曲全体が好きな訳ではない。
私は、裸の王様にはならないつもりだ。
「良い」と言った方が良いと思えても、本当に良いと思わないなら、そう言わないことにした。
『モナリザ』や『ゲルニカ』の良さも、ちっとも解らない。
それらの絵の原版をやると言われてもいらない。邪魔になるだけだ(家、狭いし)。
だが、自分の価値観を絶対視したり、他人に押し付けてはいけないことは理解している。
誰だって、自分の価値観が認められることを望むだろうが、やはり、他人は自分とは違う。
ただし、「自分が良いと思えば、それが価値になる」のである。
だから、他人の価値観に倣っては絶対にならない。
大抵のことは、「良いと思いますか?」と聴かれたら、「アイドントノー」である。
つまり、「どうでもいい」だ。
『モナリザ』が良かろうが悪かろうが、私にはどうでも良いことだ。
ただし、『モナリザ』を嫌悪する訳ではない。世間が『モナリザ』を称賛するのは嫌悪するがね。
そういえば、紅白で乃木坂46を見た。
で、どう感じたかというと、正直なところを言うと「気持ち悪かった」。
もちろん、これは私の感想であるし、彼女達1人1人を間近で見たら、おそらく、可愛いと感じるのだと思う。
それに、あの歌、あの60過ぎの太ったオッサンが作詞してんだぜ(笑)。
私なら、とても聴く気にならないが、それは、あくまで個人的な感覚である。
私は、正直、かつ、公平な個人主義者でいたい。
他人の価値観は認めるし、他人に自分の価値観は押し付けないが、自分の価値観が絶対なのである。
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出るべきでないとまでは言わないが、出ない方が良かったんだろうなあ。
本人も本当は出たくなかったんだろうなあ。
NHKも本人の意思を尊重してやれよ。
紅白を見るような人達が、米津玄師さんの歌の良さを解るかなあ。
・・・とまあ、こんな感想だ。
米津玄師さんについては、私は以前、「めざましテレビ」のインタビューを見たことがあるが、あまり印象にない。
今回も、彼の印象は、「普通の人」だ。
歌も特に良いと思わなかった。
そうだ。私は、彼の歌の良さが解らないのだ。
彼の歌で知っているのは『砂の惑星』だけだ。
だが、初音ミクさんのライブ「マジカルミライ2017」で、米津玄師さんがテーマ曲を作ることが大々的に宣伝された時、私は「誰?こいつ。そんなに偉いの?」と反感を感じたものだ。
米津玄師さんのことを全く知らず、ハチさんのことだと解っても、「だから何」だった(笑)。
実際、私は、ごく最近まで、玄師を「げんし」と読んでいた(正しくは「けんし」)。
素晴らしいセンスの名とは思うが、玄を「けん」とは読まない。
『砂の惑星』を初めて聴いた感想も、「なんじゃ、これ」だった。
この曲に初音ミクさんの振り付けした人、大変だったろうなあとは思ったが、出来は絶品だった。
ミクさんが歌えば、何でも良くなる。
しかし、詩はまあ良いのではと少し思うようになった。
そして、曲も、なんか良いのではないかと。
昨夜は、一昨日の30日に届いた、「マジカルミライ2018」のブルーレイを、2夜連続で視聴したのだが、米津玄師さんの『砂の惑星』を、ミクさんが、2017年の特別な衣装のままで歌っていたのを見て、大変に良いと思った(何で、海外で、この曲を、あの衣装のまま歌わないのか不思議である)。
しかし、それはミクさんが良いのであって、『砂の惑星』の良さが解らない。
やはり、私は米津玄師さんの音楽の良さが解らないようだ。
私に聴く耳がないのだと思うが、それは解らない。
ベートーヴェンは、自分の曲では、『英雄』が一番気に入っているらしいが、私は『英雄』の良さが解らない。
と言うより、ベートーヴェンやモーツァルトの良さがさっぱり解らない。
スメタナの『わが祖国』や、ドヴォルザークの『新世界より』といったところは好きだが、それを含む交響曲全体が好きな訳ではない。
私は、裸の王様にはならないつもりだ。
「良い」と言った方が良いと思えても、本当に良いと思わないなら、そう言わないことにした。
『モナリザ』や『ゲルニカ』の良さも、ちっとも解らない。
それらの絵の原版をやると言われてもいらない。邪魔になるだけだ(家、狭いし)。
だが、自分の価値観を絶対視したり、他人に押し付けてはいけないことは理解している。
誰だって、自分の価値観が認められることを望むだろうが、やはり、他人は自分とは違う。
ただし、「自分が良いと思えば、それが価値になる」のである。
だから、他人の価値観に倣っては絶対にならない。
大抵のことは、「良いと思いますか?」と聴かれたら、「アイドントノー」である。
つまり、「どうでもいい」だ。
『モナリザ』が良かろうが悪かろうが、私にはどうでも良いことだ。
ただし、『モナリザ』を嫌悪する訳ではない。世間が『モナリザ』を称賛するのは嫌悪するがね。
そういえば、紅白で乃木坂46を見た。
で、どう感じたかというと、正直なところを言うと「気持ち悪かった」。
もちろん、これは私の感想であるし、彼女達1人1人を間近で見たら、おそらく、可愛いと感じるのだと思う。
それに、あの歌、あの60過ぎの太ったオッサンが作詞してんだぜ(笑)。
私なら、とても聴く気にならないが、それは、あくまで個人的な感覚である。
私は、正直、かつ、公平な個人主義者でいたい。
他人の価値観は認めるし、他人に自分の価値観は押し付けないが、自分の価値観が絶対なのである。
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砂の惑星は、発表時賛否両論でしたねw
ニコニコ界隈、或いはミクさん界隈を草も生えない砂の惑星に例えるとは何事か、と言う人もいれば、
米津さんが次代のクリエイターに託した歌だと言う人もいました。
私は素直にミクさん10周年おめでとう言わない歌を作るなんて、米津さんらしいなと思いましたw(LEMONは個人的には好きな曲です)
年越しはグリーンライツ・ライツセレナーデを聴いていました。そして先程いつもお世話になっている神社にお参りしてきました。
特にお願いしないで「明けましておめでとうございます。」だけして手を合わせてきました。