中森明菜さんの楽曲で、作詞・作曲をした井上陽水さんもセルフカバーした『飾りじゃないのよ涙は』は謎の曲である。
冒頭で、言ってるのは若い女性なんだと思うが、「私は泣いたことがない」で始まる。しかし、泣いたことがない女の子なんているとは思えない。
「速い車に乗っけられても、急にスピンかけられても怖くはなかった」
そんな歌詞だったと思う。
これは、アホな男が、女の子をビビらせて喜ぶ遊びみたいなものと思うが、その手が通用しないのである。
この曲を初めて聴いたのは、スーパーマーケットかどこかで流れているのをたまたま聴いたのだが、そのあたりの歌詞をすごく印象深く覚えている。

ところで、イギリスの人形劇『サンダーバード』で、サンダーバード基地で暮すおばあさんがいるが(私は彼女の素性を知らないが)、彼女が、サンダーバードの操縦士であるトレイシー家の末っ子アラン(宇宙ロケットであるサンダーバード3号操縦士)のことを、
「あの子は勇敢で、どんな高いところも平気なのよ」
と言うのと、上の『飾りじゃないのよ涙は』が重なった。
あの女の子も、アランも、別に、勇敢なんじゃない。
単に、「恐怖を感じない」のだ。
これは、ある意味、脳機能の欠陥かもしれない。
そして、重大なことは、脳機能の欠陥で恐怖を感じない者というのは「他人の恐怖を理解出来ない」のだ。
そして、サイコパスというのは、まさに、「自分が恐怖を感じないので、他人の恐怖も理解出来ず、相手が恐怖を感じることを平気でやる」のである。
サイコパスというのは、著しく共感に欠け、良心がなく、凶悪犯罪者になることも多いが、一方で、有能な経営者、政治家、弁護士、外科医などにも多い。
アメリカ大統領の多くはサイコパスだと言われる。
また、宇宙飛行士なんて、恐怖を感じない人間でないと務まらず、「命知らず」であることが必須のようだ。
実際、最も有名な宇宙飛行士であり、月に初めて立った人類であるニール・アームストロングは、戦闘機パイロットとして何度も墜落の経験を持ちながら、パイロットをやめようとしなかった。まさに、宇宙飛行士向きの「命知らず」だ。
サイコパスが必ずしも悪人である訳ではなく、宇宙飛行士は全員サイコパスの度合いが高いのかもしれない。

一流経営者はサイコパスが多い。
カルロス・ゴーンは「コストカッター」の異名を取るリストラの名人だが、首を切られる者の恐怖を感じない人間でなければ、大規模リストラなんてやれるものではないだろう。いかに、論理的、経営的に正しくてもね。
『サイコパス 秘められた能力』という、著者が、サイコパスだった自分の父親を思い出しながら、サイコパスの優秀さを語った本がある。
最近、時々書くが、鈍感で、反応しない人間は確かにうまくいく。
それは、サイコパスのようになるってことだ。
では、どうすれば良いか?
明石家さんまさんの座右の銘かもしれないが「生きてるだけで丸儲け」と思うことだ。
どういうことかというと、こうだ。
先日、94歳で亡くなられた女優の赤木春恵さんは、戦争中、死んで当たり前の状況で運よく生き延びたことで、その後の人生を「オマケの人生」と考えたそうだ。
そうであるなら、恐怖を感じることは少ないはずだ。
これが、江戸時代の僧、至道無難(しどうむなん)の「生きながら死人となりてなりはてて 思いのままにするわざぞよき」の真髄ではないかと思う。

「馬上少年過ぐ 世平らかにして白髪多し 残躯天の許すところ 楽しまずんばこれいかん」
私が戦場を駆け巡った若い時は昔のこととなり、今はすっかり年老い、白髪も増えた。
そんな私が生き残っているのは天が許したからだ。では、楽しまずにいられようか。
伊達政宗、晩年の句









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加