古代中国の賢者、老子、荘子は、無為自然・・・即ち、あるがままで作為をせず、無用者、無能者に徹してこそ、素晴らしい人生を送ることが出来ることを説いた。
だが、それをバッサリ切り捨てたのが我が国の二宮尊徳(にのみやたかのり)だった。
「人が手を入れなければ畑は荒れ、家はあばら家になる。無為自然など、もっての他」
全くもって、その通りで、現代の賢者、WIRED誌共同創刊者のケヴィン・ケリーも、「60年かかって、存在するとはメンテナンスすることだと分かった」と言う。
二宮尊徳が言ったことは、それほど深い真理だという訳である。
だが、老子、荘子の「無為自然」だって偉大な真理だ。

上の両者を見事に止揚(しよう)する言葉がある。
止揚とは、ドイツ語のアウフヘーベンをそのまま使うこともある哲学概念で、
「矛盾する諸要素を、対立と闘争の過程を通じて発展的に統一すること」
だ。
矛盾する諸要素とは、上で言えば、老子、荘子の「無為自然」と、二宮尊徳とケヴィン・ケリーの「存在とはメンテナンスすること」だ。
この両者をアウフヘーベンする言葉は、スーフィー(イスラム教神秘主義)の教えらしいが、
「神を信用しろ。だが、ラクダはつないでおけ」
だ。
神様を信頼し、全てをまかせて余計な作為はしない。
だが、ラクダをつながずに放っておいても、神様がラクダをどこにも行かせないし、盗まれないよう守ってくれるといった、度の過ぎた甘えは許されない。
ジョセフ・マーフィーが、いかに「努力は無用」と言ったところで、家でゴロゴロしていて成功するはずがない。
だが、全て自分の力でコントロールしようとしても、人間は所詮、無力で、神様に任せるしかない。たとえ、自分が望む結果にならなくても。

昔、いかにも緩んだ、甘えた自己本位の感じがする女性が、書店でジョセフ・マーフィーの本を熱心に見ていたのを気味悪く感じたことが忘れられない。
マーフィーの成功法則は彼女を救えない。そう確信した。
彼女は、ラクダをつながない人間だ。

『処女の泉』というスウェーデン映画がある。
非常に信仰深いキリスト教徒の男がいた。
祭壇にひざまずくだけでなく、立派に農園を経営し、貧しい者に施しを与えることも忘れない素晴らしい人物だった。
だが、男は、目の中に入れても痛くない、可愛い娘(14か15歳だろうか)を、浮浪者の3人の兄弟にレイプされ殺されてしまう。
(凄惨なレイプ、殺害シーンが問題視された)
男は、犯人を突き止めると、その逞しい身体で3人を打ち倒して殺し、復讐を遂げる。
そして、娘の遺体を見て、初めて神様に恨みの言葉を吐く。
「あなたは見ていたはずだ。こんなに信仰深い私に、なんという苦しみを与えるのですか?」
だが、男は、少しの後、こう言う。
「娘が横たわっているここに、私は自分の手でレンガを積み、漆喰を塗って教会を建てることを約束する」
すると、娘が横たわっていたところから泉が湧いた。
彼は、信仰深いのに、全ては自分がコントロール出来ると思っていて、実際、コントロールしていた。
もっと、無為自然になり、必要なことだけやれば良かったのだろう。
一言で言えば、リラックスすれば良かったのだと思う。

さて、今日は、パリのセーヌ川の中のセガン島にある最高の劇場「ラ・セーヌ・ミュージカル」で、初音ミクさんがライブを行う。
日仏国交160周年記念「ジャポニスム2018」で、日本の代表としてフランス国民との親善を深める大役を担っているのである。
東京150年祭で、東京オリンピックを控えた日本の顔は、やはりミクさんだった。
今回も、神のご加護で素晴らしいコンサートになるはずだ。
その様子が9日、WOWWOWで放送されるらしい。
1ヶ月だけ契約しようかな・・・
その際、テレビではなく、ビデオ装置のB-CASカード番号で契約することを忘れてはならない。でないと、録画出来ないので。









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