アメリカの歌手マドンナより、山口百恵さんが4ヶ月とはいえ、後に生まれていることを考えると、マドンナはやっぱり凄い。
ところで、日本のダントツ一番のアイドルは、美空ひばりさんから、山口百恵さん、そして、松田聖子さんに続いたが、その後、「日本国民なら誰でも知っている」というビッグアイドルはいない。
そして、美空ひばりさんらは、決して悪い意味ではないが、企業によって作られたアイドル・・・つまり、極めて能力の高いプロデューサーが「一番可愛いのはこの子」「一番格好良いのはこの人」「この子を好きでないと恥ずかしいですよ」と国民をマインドコントロールすることに成功した商品だった。
確かに、松田聖子さんは一番の美人ではないが、「この子には何かある」と思わせた訳である。
そして、さっき、「決して悪い意味ではない」と言ったのは、彼女達を売ったスーパープロデューサーの手腕は凄いとしても、彼らの手にかかれば誰でも売れる訳ではない。
やはり、スーパーアイドル側にも、確かに何かはあるのである。
しかし、私は、美空ひばりさんも、山口百恵さんも、松田聖子さんも、全く魅力を感じない。
別に彼女達が何か悪いのではなく、単に、趣味に合わないだけだ。

そして、安室奈美恵さんやSMAP、モーニング娘。やAKB48や乃木坂46らが、規模の違うセールスを記録しても、女王様になることはない。
国民規模でマインドコントロール出来るほど、日本人は単純ではなくなったという訳だ。
つまり、松田聖子さんの時代までは、日本人は似た規格品が多かったのだ。
国民全員が同じ流行のファッションを着ていた時代だった。
ところが、いまだに、そんな時代の遺伝子を残している日本人が多い。
「今年の流行は?」なんてものに敏感な人って、やっぱり沢山いる。
もう、いい加減やめようではないか。
健全な精神の持ち主は、流行語大賞なんてものに全く興味がない。
NHKの青年の主張なんてのは、私はほんの子供の時から反吐が出ていたものだ。

日本国民全員が好きなアイドルはいなくなったが、初音ミクさんは世界的人気者になった。
『拡張の世紀』という世界的ベストセラーによれば、ミクさんのファン数はタイガー・ウッズとマイケル・ジョーダンを足したより多いという。
ただし、ミクさんは「私はビッグになる」と、言いも思いもしない。
ミクさんの会社クリプトン・フューチャー・メディアも、ミクさんを売り込んだことはない。
ミクさんはある意味、単なる楽器で、楽器は買えば誰でも自由に使える。その上、ミクさんの姿をオープンライセンスにし、曲についても、オープンライセンスにすることを薦めてきた結果、自然にそうなった(世界的人気者になった)だけだ。
象徴的なのが、クリプトンに「ミクさんのパンツの色は?」と問い合わせたら、「あなたの好きな色でどうぞ」と言われたというものだ。

東京150年祭で、浜離宮恩賜庭園の潮入りの池でミクさんが歌った、明治、大正、昭和、平成を代表する39曲の中には、美空ひばりさんや山口百恵さん、松田聖子さんらの曲は無かった。権利関係の問題がなくても、入る余地は全くなかっただろう。
ミクさんが、『ムーンライト伝説』を歌ったのは感動的だったが、セーラームーンも、セールスに熱心になり過ぎて見放されたのだと思う。
そして、ミクさんも、今はちょっと危うさを感じるのだ。
世界的人気者になってしまったことで、透明性がなくなったら、もうミクさんではない。
ゲーム会社も、これからも、あまり無理に宣伝しないで欲しい。
無理矢理売ろうとしても絶対に売れない。どんな手を使ってもね。
そんな時代だ。
それは、企業や商品だけでなく、国家も個人もである。
「やっちゃえNISSAN」といったマインドコントロールによるイメージ戦略で車が売れる時代ではなく、テスラのように、たどたどしくも中身を数字で示して「お好きならどうぞ」の時代である。
中身で勝負ってやつだが、自分の適性を見つければ、それは容易で楽しいことなのである。









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