あなたも辛い状況にいるはずである。
なぜ、そんなことが言えるかというと、理論的にそうでない人間はいないからだ。
それは、スポーツ、ロック、銀幕等のスーパースターや、大経営者、大武道家、大宗教家とて例外ではなく、むしろ、そんな「凄い」人の方が苦しみは大きい。
そういった「大物」は、庶民が滅多にかからないような難病奇病に陥ることが多いことも、そんなことを暗に示している。
身体には心の状態が現れるものだからだ。
そこで思い出すのが、江戸時代の僧、至道無難(しどうむなん)が言ったと云われる、

生きながら死人となりてなりはてて 思いのままにするわざぞよき

である。
早い話が「死人になってしまえば自由だ」である。
イエスは「死なないと生きられない」と言ったらしいが、同じことだろうと思う。
では、死ぬとはどういうことかというと、心臓が停止することを言っているのではなく、想念が消えることだ。
夢のない深い眠りの中に想念はなく、そんな時が本当に自由なのであり、目が覚めている時も、同じようでなければならない。
・・・などと難しいことを聖者はサラリと言う。

アラン・ワッツだったか、自分がいない世界を想像しろと本に書いていたような気がするが、それはちょっと面白いと感じたが、それでは平和に導かれない。
なぜなら、自分がいない世界を想像している自分がいる時点でアウトだからだ。
彼は、良い示唆も残したが、所詮、本人が不幸だった。

死ぬこともまた練習が必要なのだ。
美しい死人になっちゃえば良い。
なぜ美しい死人かって?
その方が、はりきって死のうというモチベーションが上がるじゃないか?(笑)
飛び降り、水死、飛び込み、首吊り、睡眠薬・・・全部、とても醜い死人になってしまう。
睡眠薬は、眠っているようだって?
ちっちっち(人差し指を左右に振る)。
言っては悪いが、あれほど奇態な顔を晒す自殺法もない。
やめとけ・・・

死体は息をしていない。
なら、なるべく息をしないことだ。
死体は動かない。
では、あまり動かないことだ。
眠っているような顔の美しい死体になりたいなら、眠ったような顔をすることだ。
余計なことを考えたり、怒ったり、哀しんだり、発情してはいけない(笑)。
深い眠りについた時のあなたの顔は、さぞ美しく可愛いことであろう。
そんな寝顔のことを、我々は天使と言うのだ。
だから、天使になることである。
天使の絵や彫刻を見て、真似てみるも良いだろう。









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