人間の頭の中には悪魔でも棲んでいるのか、放置していれば、1日中、否定的な言葉が発せられ、それがその人を滅ぼす。
その「悪魔の独り言」を消すとか、無になるとか言う人もいるが、その試みは、人類のほとんど誰も成功しない。
だから、我々には、プラスのつぶやき・・・常に唱える呪文が必要になる。
仙人、導師、マスター、大師・・・人を超越した存在は、常に心に呪文がある。
大師と凡人を分けるもの・・・それが呪文の有無だ。
しかし、呪文を何にするか考えると、難しい問題に突き当たる。
というのは、人間は自分が何を本当に求めているか、ほとんど誰も知らないからだ。
『新世紀エヴァンゲリオン』で、シンジの幻想の中で、ミサトがレイがアスカが「何を求めるの?」「何を願うの?」と尋ねるところが印象的だったが、あの様子ではエロいことだと言っているようなものだったが(笑)。
だから、自分の真の願いが分からなくても、悪魔に打ち勝つ呪文である、万能呪文が存在する。
「絶対、大丈夫だ」
「全て順調だ」
「世界は意のままだ」
だが、真の自分が目覚めかけると、万能呪文に飽き足らなくなるかもしれない。

凡人は安楽を求める。
働かなくても、かなり豊かであることが一番良い・・・という妄想を持つ。
だが、人間の真の望みは、武内直子さんの『美少女戦士セーラームーン』で、凡庸な誘いに堕落しかけた火野レイことセーラーマーズが言った「全身の血が燃えるような感覚」なのである。
スティーブ・マックイーン主演の映画『パピヨン』で、囚人パピヨンが夢の中で悟った「人生最大の罪」は「人生を無駄にすること」だったように、人間は熱く生きなければならない。
では、真の人間の呪文とは何か?

『サイボーグ009』の最初の作品である劇場版『サイボーグ009』のパンフレットに、ヒーローである009の説明に、実に印象的なことが書かれている。
「あらゆることのできるスーパーマン」
009の特別な能力は加速装置で、これは、9人のサイボーグ戦士達の中で最強のものではあるが、009は006のように火を吹ける訳でも、002のように飛べる訳でもない。
しかし、「あらゆることができるスーパーマン」なのである。
そして、人間は誰でも本来、「あらゆることができるスーパーマン」だ。
「私はあらゆることができる」
「私はあらゆることができるスーパーマンだ」
このような呪文は、磐石の勇気と力を奮い起こす。
そして、そんな力を持つ者のことを英雄と言う。
大胆に、「私は英雄だ」と宣言することである。









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