私は、自己暗示やアファーメーションなどもひっくるめ、呪文と呼んでいるが、人間を向上させ、世界を塗り替え、願いを叶える第一のものは呪文なのである。
もし、呪文を唱えていないなら、「大丈夫」とか「何でもできる」で良いから、唱えるようにした方が良い。
唱えるのと唱えないのとでは、恐ろしい差になる。
例えば、全く運動しないのと、たとえ、スクワット10回、腕立て伏せ1回でも、やらないよりやった方がはるかにマシで、しかも、そのマシは月日の経過と共に、とんでもない違いになってしまうが、呪文がもたらす違いは、それどころではない。

呪文は、「たった1つの言葉を、感情を込めず、しかし、丁寧に、心の中で出来るだけ多く」唱えることで最大の効果がある。
そして、慣れてくれば効果が加速する。
「自信がある」という呪文を唱えていたら、呪文の上級者になると、数日で唱える必要がなくなる。もう、自信があるのが当たり前になるからだ。
そもそも、人間は、勇気や元気や自信があるのが正常な状態なのだが、現代は、それらがないのが当たり前で、そんな「あって当たり前のもの」を得なければならないのである。

今の日本の、大半の小学生、中学生、高校生は、「どうやって今日のおまんまにありつこうか」とか「ナイキのスニーカーを買う金をどうしようか」などと考えない。
ご飯は自動的に出てくるし、欲しいものは「パパ(言うまでもなく本当のお父さん)買って」と言えば、パパは父親の面子にかけて買ってくれる。
そんな少年少女のことを、「世間知らず」「ガキ」などと思ったり言ったりする人も多いと思うが、アメリカ最大の賢者エマーソンは、そんな少年少女の態度を賞賛する。
そして、我々大人もそうでないといけない。
家はそう滅多に買うものではないが、自動車程度なら、欲しいならいつでも買えるし、まして、イギリスのツイードのジャケットは良いものを買わないといけない。
少年少女のように、手に入って当たり前と思っていると、当然そうなる。
もちろん、欲しくもないのに無理に欲しがらなくて良いが、必要なものなら買えば良い。「パパ買って」の感覚でね。
この世界は、超高性能コンピューターが作る仮想世界、シミュレーテッド・リアリティなので、プログラムが厳密に定義した物理法則に外れない限り何でも可能だ(稀にはだが、物理法則から外れることもあるかもしれない)。
だから、イーロン・マスクのような常識外れの事業家は「物理学を勉強しろ」と言うのだろう。彼も、当然、この世界が仮想世界であることを認めている・・・いや、知っている。
彼は、礼儀正しいが、全くガキの態度だ。
少年少女の頭の中には「食うに困るぞ」といったつぶやきはないのである。
彼らの頭の中には、程度の差こそあれ、良い呪文が流れている。
だが、それが、親や教師や世間のせいで続かなくなる。
だから、意識的に「大丈夫」とつぶやくと良いが、感情を込めて「大丈夫」と唱えたら、かえって「大丈夫じゃないんじゃないか」と不安が大きくなる。
本当に、さりげなくやることだ。
私には好きな女子高生がいるが、彼女の自然で気ままな態度には本当に癒される。
大人も、あんなふうにいられるのである。

呪文の目的は、人間本来の力・・・それを潜在能力とか言うのだろうが、それを引き出すことだ。
それは少しも難しいことではない。
そして、それが出来たら、世間がどんなに甘くなかろうが、子供の遊び場も同然なのである。
「世界は私のためにある」と気合いを込めて唱えたら、身の程知らずの傲慢な阿呆だが、感情を込めず、ただし、丁寧に唱えれば、それが当たり前になる。
実際、世界はあなたのためにある。









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