偉大な物理学者リチャード・ファインマンは、「あらゆる科学が消えた人類に、たった1つ言葉を残すとしたら『万物は原子からなる』を選ぶ」と言ったらしい。
アリストテレス以前にデモクリトスがそう言ったのだが、キリスト教会によって消されてしまったのだがね。

その諸悪の根源たるキリスト教だが、福音書の1つである、ヨハネ福音書の出だしは「はじめに言葉あり」だ。
続けて、言葉は神である、全ては言葉によって成ったと言う。
もっと分かり易く言うと、
「言葉だけは支配出来る。言葉が全てを可能にする」
なんじゃないかと、私は思う。

お金持ちになりたいなら、「お金持ちになれる」と言葉で言うしかない。
可愛いあのこ子を彼女にしたいなら、「あの子を彼女に出来る」と言うことだ。
デザイナーとして成功したければ、「一流デザイナーになる」と言わなければならないのだ。

勝ちたければ、「勝つ」と言うべきである。
ところが、美空ひばりさんが歌った『柔』に、「勝つと思うな 思えば負けよ」という歌詞がある。
これは、深い意味で正しい。
そもそも、互角以上の相手に対し、「勝つ」と思うことなんか出来ない。
そんなことを思うほど、不安や恐れ、疑いが起こる。
だが、言葉で「勝つ」と言うことは出来るのだ。
ところが、「勝つぞ!勝つぞ!絶対に勝つ!!」などと気合いを入れると、シンドくなって続かない。
感情を込めず、だが丁寧に「勝つ」と言えば良いのである。
声で言っても良いが、心で言う方が容易い。
そうすれば、必ず勝てる。
信じることは出来ないが、「信じる」と言うことは出来るのである。

「お金持ちになれる」「あの子が彼女になる」「試合に勝つ」といちいち言うより、あらゆることで成功する言葉の方が圧倒的に優れている。
言葉は一種の自己暗示だが、自己暗示で人類最高の教師だったエミール・クーエも、個々の成果を望む暗示より、全てに効果のある暗示が優れていると発見していた。
その成果は取り入れねばならない。
全てに通用する言葉とは、「成功」「順調」「絶好調」「勝利」「達成」「大丈夫」などである。
ただ、不安が強いなら、「成功する」「順調だ」「勝つ」「出来る」「大丈夫だ」と、リズムある形にした方が良い。
まあ、大抵の人は不安なのだから、そのような言い方が良いだろう。
言葉は1つにすること。
でないと続かない。
その言葉を、心の中で、感情を込めず、だが丁寧に、出来るだけ多く繰り返すことだ。
慣れてくれば、好きなように応用して差し支えない。









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