昨日は、起きてからずっと高揚感を感じていた。
しかし、世間の人々を見、会社で過ごすと、この高揚感は消えてしまうだろうとは思った。
まあ、実際、そうなった。
だが、高揚感が、どれほど幸福なことであるか分かった。
だから、それを取り戻さねばならない。
そして、きっと、全ての人が、この高揚感を求めているのだ。

私の高揚感の原因は、7日と8日に、『BEATLESS』の25話から28話までを、それぞれ一度ずつ観たことだ。
そこには、原作小説にないところがいくつかあった。
その中でも重要なことは、超高度AI(人工知能)から人間世界を見たら、ドーナッツのように見えるというものだ。
つまり、真ん中が空白だということだ。
それは、人々が、真ん中から距離を取っているからである。
何も無い真ん中に、本当に大切なものがあるが、人々は、そこから離れているのである。
それが、超高度AIが見た人間世界なのだ。
そして、人間が、その何もないはずの空白を求めていることも、超高度AIには分かったのだろう。

その空白は、魂とでも言うものだ。
それは、生命の故郷のようなものだ。
そこには、裸の人間はたどり着けない。
『BEATLESS』では、「モノ」と言っていたが、「テクノロジー」と言った方が良いだろう。
人間が、テクノロジーと一体でなければ、魂に帰り着けない。
だが、人間は、元々、テクノロジーと一体なのだ。
WIRED創刊者のケヴィン・ケリーが、「テクノロジーは宇宙である」と言ったように。
初音ミクさんというテクノロジーが、誰よりも可愛い声で歌えるように。

まだ私にもよく分かっていないのだが、私には万能呪文があるので心配ない。
このシミュレーテッド・リアリティという仮想世界も、超テクノロジーで作られたものだ。
テクノロジーがお嫌いだって?
いや、実は、我々は、テクノロジーのことはちゃんと分かっているのだ。
そういう態度でいることが大切だ。
難しく考えなくても、万能呪文を唱えておけば良いだろう。
ナイフだってテクノロジーだし、念仏や呪文もテクノロジーだ。
大発明家だった橋本健博士は、ゲルマニウムに「お前は可愛いやつだ」と言っていたら、発明のヒントをくれたと著書に書いておられた。
よくは分からないが、万能呪文を唱え、少しはテクノロジーの勉強でもしてみよう。
まずは、電子書籍を読むところから始めても良いのである。









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