心理戦というものがある。
これは、敵の心を乱すことで、実力を発揮させないようにすることと言って良いだろう。
つまり、心が乱れず安定していれば実力が出るということである。

野村克也さんは捕手だった時、バッターに妙なことを言って心を乱す「ささやき戦術」というものをよくやったらしい。
例えば、「フォームがおかしいんじゃない?」とバッターにささやき、バッターの心を乱して集中力を奪ってしまう。
ところが、長嶋茂雄さんは、「フォームがおかしい」と野村さんにささやかれると、「え!本当?」と言ってタイムをかけ、素振りをしてフォームを確認し、ホームランを打ってしまったことがあったらしい。
なぜ長嶋さんに、ささやき戦術が通用しないのかというと、長島さんが馬鹿だからではなく、心が乱れない・・・つまり、不動心であるからだ。
長嶋さんの不動心は、子供のような邪心の無さから来ているように思える。

昔の剣豪同士の対決は、向き合った刹那に決し、そのまま剣を抜かずに去ってしまうものだと聞いたことがある。
これもよく分かる。
不動心に近い方が強く、剣豪ともなれば、相手の姿や目を見れば、どちらが上かすぐ分かるからだ。
ただ、未熟なうちは、打ち合う中で、どこまで心を乱さずにいるか見定める必要があり、無駄に命を落としたり、怪我をしてしまうこともある。

マルクス・アウレリウスの『自省録』は、早い話が、心を乱さぬ方法を説いたものだ。
草柳大蔵さんなんて、本のタイトル自体『不動心』として、抄訳を出している。
これには、もう無茶苦茶良いことが書かれていて、いちいち感心する。
感心するが、ちっとも不動心になれない。小難しいことばかり並べられていて、「アウレリウスちゃん、賢いねー!」ということは分かるが、何をすれば良いのか分からない。

難しい本を読んでもどうにもならない。
大事なことは、アファーメーションをすることである。
それも、「大丈夫」「絶好調」など、肯定的で簡単な言葉をただ1つ選び、それを常に頭の中でつぶやく程度で良い。
良い本を読んでいると、心が乱れる要因が増えるだけなのである。
不動心を得たければ、「動かざること山のごとし」と、感情を込めず、淡々と常に頭の中でつぶやけば、それで良い。
「不動心たる我に敵なし」でも良い。
自分が気に入ったものなら何でもよく、それも、ちょっと気に入った程度のもので十分であり、すぐ始めることが大切だ。そして、変えたくなったら変えれば良い。

凶悪犯罪を犯した者の部屋に、それこそ『自省録』や、優れた哲学書、自己啓発書が書棚にぎっしりあったなんて話はよくある。
別に、それらを読むことが悪い訳ではないが、その者の不幸は、頭の中に否定的なつぶらきが、いつも起こっていたことだ。
逆に言えば、アファーメーションをしていなかったことが、この者の最大にして唯一の不幸だったのである。
常に、「大丈夫」と頭の中でつぶやいてさえいれば、優れた本を読んだことが良い結果につながったのである。
長嶋茂雄さんだって、「僕は絶対打てる」という簡単な言葉をつぶやいていたらしい。
彼はホームランを打つことをイメージしていたと言う者がいるが、そんなイメージは自然に出るものであり、また、イメージなんて難しくて、長く続けられるものではない。
だが、つぶやき、アファーメーションなら、誰でも出来るし、ちょっとの根気があれば続けられる。
「不動心たる我に敵なし」
これで今日からあなたは無敵である。









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