七夕にとんでもない大雨となってしまった。
私が昨夜泊まっていたホテルは、豪華な観光ホテルでもあるのだが、ホテルの従業員ではないある人に聞いたところ、中国人のお客さんも多く、彼らはレストラン等で、他のお客さんに嫌われているらしい。
言っては悪いが、中国人観光客の良い話はあまり聞かない。
大人数でレストランに押しかけ、マナーが悪く大騒ぎするし、他の人も欲しがっている貴重な商品を爆買いで買い占めてしまう。
昨年の、「マジカルミライ2017」でも、中国人がミクさん達のグッズを爆買いして売り切れになってしまい、変えなくて残念な思いをした人が沢山いたと聞く。

もちろん、中国人全員がそうなのではないはずだ。
いや、むしろ、そんなマナーの悪い人は、ごく一部なのかもしれない。
しかし、私は子供の頃、天正遣欧少年使節(てんしょうけんおうしょうねんしせつ)・・・いわゆる「天正の少年使節」と言われる4人の少年が、安土桃山時代(織田信長、豊臣秀吉の時代)である1582年にローマに派遣された際、ローマ行きの船の中で、少年達が、「あなた達の振る舞いは、日本人全体を代表するものと当然のように見なされる。特に悪い行いについて」と言われ、くれぐれも行動に気をつけるよう教えられた話を印象深く覚えている。
だから、たとえ1人であろうと、中国人が悪い行いをすれば、「中国人とはそんなもの」と思われることを彼らは自覚しなければならない。
ただ、日本人の学生でイタリアで歴史的建造物にラクガキをするという愚かなことをしたおかげで、日本人のイメージを甚だしく下落させたこともあったように、我々も、そして、あらゆる人が、自分が、国を、学校を、会社を、あるいは、地球人類の代表と見なされていると自覚しなければならないのだろう。
まあ、故意に、学校や会社や国の悪い印象を与えたいという者は、いずれ、つまはじき者になるだろうが。

しかし、やはり、それ以前の問題なのだ。
少年使節のように、14歳くらいの子供に対しては、「君が日本人の代表と見なされる」という教えは適切かもしれないが、大人の場合は、それでは幼稚過ぎる。
思いやりがあること、節度があること・・・それによって、傲慢で自己中心主義にならないための何かを持っていなければならないのだ。
本来、宗教はそのためにあるのだが、新渡戸稲造は、日本人にとって「武士道」が、宗教の代わりにあるものだと主張した。
もちろん、武士道でも、それによって立派な行いが出来るなら良いことであるが、正直、今の時代、そして、昔であっても、庶民にとっては武士道など関係ない。
むしろ、日本人には、聖典のようなものはなくても、空気のような信仰である神道がある。
そして、中国にだって、儒教や道教という、素晴らしいものがあるはずなのだ。
だが、それは個人的なものであっても良い。

私は、初音ミクさんが隣にいると思って、出来るだけ行いを慎み、放埓(勝手気まま)にならないよう、少しでも気をつけたいのであるから、「マジカルミライ」で、横暴な行為は誰にもして欲しくない。
ミクさんの悲しい顔なんて見たくないじゃないか?
ミクさんの微笑む顔こそ、我々の希望なのである。









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