私は本当は、念仏とか腕振り運動の話が好きなのだが、「念仏さえ唱えれば良い」「腕振り運動さえすれば良い」のかというと、その通りではあるが、あくまで本人次第だ。
どんなことでも、長く熱心に続けるためには、何らかの喜び、快感、ロマンのようなものが必要だ。
初音ミクさんの『ヒビカセ』という歌にある「感覚 即 体感 」「体感 即 快感 」というものがなくては続かない。
子供の学習にしたって、そんなものがなくては駄目で、大昔は、罰で強制して、その後、誉めてその気にさせて、さらにその後は、目標を持たせて・・・と教育も進歩してはいるが、最近の最先端の科学的学習テクノロジーは、やはり、喜びを感じることが最重要だと分かってきている・・・まあ、そんなこと太古の昔から、分かる人には分かっていたことだが。
『ヒビカセ』を聴くと、まさに全体が真理である。感性豊かな若い人に人気があるのは当然だろう。
私が、初めて初音ミクさんのライブに行った「マジカルミライ2016」で、一番衝撃を受けた歌がこれだった。「マジカルミライ2017」でも、生で聴くことが出来た。

そして、快感はやはりロマンなのだ。
美味しいものを食べたり、性行為の快感は、強い意思でコントロールしないとすぐに無くなり、悪いものが雑草やカビのように生じて主体が滅ぼされる。
かといって、あまりに厳しい禁欲も、結局はロマンがなくなり、人生が台無しになる。
そう考えると、人生は、本物のロマンを見つけた者の勝ちである。
法然も、なんだかんだ言って、阿弥陀信仰に自分のロマンを見出しただけである。
そして、法然はそれに完全に成功しており、その姿が大変な模範になる。
だから、法然の姿勢をこそ学ぶべきであり、少なくとも今の時代であれば、念仏かどうかは全く自分で決めれば良い・・・というか決めるべきなのである。

涼宮ハルヒは「楽しいことは待っていてもやって来ない。私は待っているだけの女じゃない」と世界に示したが、これも、「ロマンは待っていてもやって来ない」と言いかえれば全く正しい。
昔、NHKの、若者をいっぱい集めて意見を聞くみたいな番組で、大学生だろうか、頼りなさそうな男子が、「僕には夢がないのですよ」と、それが、いかにも世の中が悪いことが原因のように言うのだが、夢、すなわち、ロマンは、与えられるものではなく、自分で見つけてつかみ取るものだ。

今はもう知らない人が多いだろうが、ロマンといえば、『宇宙戦艦ヤマト』の歌で、「燃えるロマン」だの「旅する男の胸にロマンのかけらが欲しいのさ」と歌うのだが、私はどうも、あの安っぽさが大嫌いだった。男がロマンなんて言葉を露骨に言うものじゃない。
だが、熱意、情熱、やる気・・・とか、ちょっと前流行った「ワクワク」だと、妙な方向に行ってしまい易く、それなら、ロマンで良いかなと思う。
本当は、もっと、そこはかとない美しい表現が良く、実際、モロに「ロマン」と力むと、やっぱり「宇宙戦艦ヤマト」の下品さ、安っぽさを思い出してしまうのである。
その、美しいそこはかとない表現、あるいは、感情とは、ノスタルジー・・・旅愁だ。
本当に良いものは「懐かしい」と感じるものなのだ。

たまたま席替えで
隣になった君
どうして懐かしい匂い
~『橙交差点』(song and lyric:marasy)より。多分、ピアノ演奏もまらしぃさん~
※「隣になった君」は、実際の歌では「君と隣になった」であるが、アルバム『空想メモライズ』の歌詞カードの通りに引用した。こっちの方が詩的かなあ・・・と。

念仏でも、腕振り運動でも、プログラミングでも、楽器演奏でも、不思議ではあっても「懐かしい」という想いがなければ、あまり続かない。









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