思考とは、やって来るものであり、自分で起こしてるものではないということは、科学的にも分かっているはずだ。
いかなる考えも、言ってみれば、考えさせられただけであり、自分が考えたのではない。
右の道を行くか、左の道を行くかを自分で選択したつもりでも、それはやはり、選択させられただけである。

「なぜあんなことをしたのか分からない」
と言う人があるが、それは実は正直であると同時に正確なのである。
『荒野の7人』という映画で、凄腕ガンマンの1人が、昔会った男の話をする。
その男は、裸でサボテンの中に飛び込んだ。
なぜ、そんなことをしたのか聞いたら、答は、「その時はそれで良いと思った」のだそうだ。
悪い事をしても、確かに、そんなことをする考えは自分のものではない。
だが、偉大な善行だって、やっぱり、それをしたのはその人の考えではなく、自慢にならない。
宇多田ヒカルさんの最大のヒット曲であるデビュー曲の『Automatic』が、まさに、心が自動的なものであることを表現している。
誰が何を言い、何をしても、単に、そう言わされているだけ、動かされているだけなのだ。
人をそのように見た方が良い。

成功者は、成功するアイデアを与えられただけだ。
だから、成功した人が優秀な訳でも偉い訳でもない。
では、優れた考えを得るにはどうすれば良いか?
思考は自動的に起こると知り、巻き込まれないことだ。
また、良い本を真面目に読めば、良い思考がやって来る。
だから、『マスターの教え』では、アイデアが浮かんだら、本を置いて、そのアイデアをよく見るようアドバイスしている。
真面目に落ち着いて読むほど、そうなるのである。

思考が自動的に起こる。このことを覚えておくと良い。
その思考を客観視し、静かに観察する限り、良いアイデアしか出なくなる。
あなたがロボットで、それをどこかの変な宇宙人が操っているというのではない。
想像も出来ないほど高度で崇高な存在が通信を送ってくれているのだが、我々がそれを歪めてしまっているだけだ。
だから、心静かな人間は、高度で崇高な存在と同等なのである。
落ち着いて念仏を唱えるというのも、思考に巻き込まれない良い方法である。









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