私がビートルスの曲で最も強い印象を持っているのは『エリナー・リグビー』だ。
ビートルズの13枚目のシングルである。
エリナー・リグビーとは女性の名で、彼女の境遇はいろいろ考えられ固定はしていないが、私が持ったイメージは、「王子様を待ち続けたまま死んだ哀れな貧しい老女」だ。
ゾっとするイメージである。
ひきこもっていた20歳くらいの私は、それが自分の未来と予感してしまったので、その通りになりそうになった。
こんな人間を救済出来るものならしたいと思う。
そして、エリナー・リグビーと同じになる運命にあるのが、このブログで度々登場する、まるで駄目男君(私の職場にいる30歳過ぎの人生の落伍者。派遣の雑用係)だ。
『エリナー・リグビー』には、彼女と並ぶ駄目人間、マッケンジー神父も登場する。しかし、マッケンジーの説教を誰も聞きに来ないとしても、それでも彼は神父様だ。
それだけで、かつての私はマッケンジーを崇めていたし、今ですら、そんなところがある。

まるで駄目男君は、どうしたら、まるで駄目男でなくなるのだろう。
毎朝5時までに起床する人間が、まるで駄目というのは考え難い。
エリナー・リグビーやマッケンジー神父もきっと、昼まで寝ているだらしないタイプだろう。
しかし、ひょっとしたら、彼女達は5時までに起きているかもしれない。
早起きは良い人生を送る決定的要因ではないかもしれない。
腕振り運動も、ガッツポーズも、1年365日、ほとんど同じ時刻に実践して、どのくらい効き目があるだろう?
まるで駄目男君は、そのどれも、あるいは、それらに匹敵する何もやっていない。
だから、やれば、まるで駄目男君にはならないに違いないが。

そういえば、私も、早起きでもなければ、修行を何もしていなかった。
しかし、ひきこもり中、何が幸いだったかというと、ジョセフ・マーフィーの潜在意識の法則の本を見つけ、読み始めたことだろう。
私が、ひきこもり、ニートを脱した最大の要因はそれに違いない。
つまり、人間には希望が必要で、希望が活動エネルギーを与えてくれるのである。
そして、私のフリーターみたいなものからの脱出の要因は、プログラミングの習得だった。
まるで駄目男君が、JavaやC#言語で仕事をする姿は想像も出来ないが、VBAなら可能ではないかと思う。
それに、VBAだって奥は深い。
世の中で、VBAを馬鹿にしている者で、VBAを高度に使える者は決していないだろう。
だって、VBAに、馬鹿に出来るところなんて何もないのだから。
それを十分に使いこなせるなら、稀有な得がたい人材である。
そして、そこまで来たら、ニーチェの言う小難しい変人の超人ではなく、『ヒマラヤ聖者の生活探求』や『マスターの教え』に登場する本物のマスター(大師)を目指すことだ。
つまりね、人間は常に向上しなければならない。
ニートを脱出しても、プログラミングをマスターしても、もっと凄い人になっても、そこで安住すれば、どんどん惨めになるのである。
そして、究極はマスターなのだが、実際は、マスター達ですら、自分の奇跡の力に安住せず、更なる高見を目指している。
「もっと上」それがなくなったら下がる一方であることに気付いた今日この頃である。
政府の要職にある者が、表向きにはつまらないセクハラで転落しているが、その本当の原因は、彼が現状に安住し、上を見ることを忘れたからである。









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