子供の時だって、そして、健康であっても、時々、脚が痛かったり、背中が痛かったり、お腹の調子が悪いなんてことはよくある。
だが、私は、そんなものにあまり苦しんだことがない。
それに、そんな時、人に言うのも面倒なので、よほどひどくない限り、黙っていた。
すると、いつのまにか、そんな症状は消えているのである。
時には、何日も、あるいは、何週間も痛みが続くこともあったが、無視出来るならそうしていたら、やっぱり治ってしまう。

ところが、親とか教師というのは、自分の悪いところを常に意識するよう仕向けるものだから、身体の不具合だけでなく、環境や状況の不足点に対しても、不必要に注意を向けるようになってしまった。
そうすれば、痛いところはなかなか治らないし、状況が気になって元気もなくなる。
どうでも良いことに注意を向ければ、本当に目を向けるべきことがなおざり(いい加減)になってしまう。

それは、喩えて言えば、幽霊が現れた時、幽霊に構うようなものだ。
まあ、幽霊さんの方も構って欲しいのかもしれないというか、構って欲しいから幽霊になるのであるのだろう。
だけど、幽霊は無視するに限る。
そうすれば、お互い良くなる。
幽霊は一億円の在りかを教えにきたのかもしれないが、必要な一億円なら、守護霊がさりげなく教えてくれることだろう。
無念を晴らしたいという場合もあるかもしれないが、私にどうこう出来ることはあまりない。
幽霊は無視すれば、やがて消えてしまうし、消えるべきである。
全ての不幸がそうだ。
無視していれば、やはり消えてしまう。
「あれ、気懸かりなことがあったような気がしたんだが・・・いや、気のせいかな?」
などと思うことがあるが、実は、少し前は深刻な問題だったのが、無視することで消えてしまったのだ。
借金なんてものも、ただ、淡々と返していれば、気にするようなことは何もない。そもそも、不要な借金は最初からしないことだ。

大原則は、エネルギーを注げば成長するし、エネルギーを与えなければ消滅する・・・だ。
そして、意識を向けたものにエネルギーが流れ込むのである。
だから、本当に気にすべきこと、大切なことのみに注意し、後は忘れることだ。
周囲に居る気に入らないやつは幽霊と同じで、無視すればいなくなる。
これはもう、恐ろしいまでにそうで、私も、沢山の嫌な連中を、文字通り消してしまったが、正確には、やつらに存在のエネルギーを与えなかったので、自然に消えたのだ。
「無視しよう」と努力するのは、むしろ強く意識することになり、そんな対象にエネルギーを与えてしまう。
だから、自分のやるべきことに集中するのである。
人生に目的が必要なのは、そのためだ。
本当に貴重な目標があれば、些事は無視出来、つまらないものに影響されることはなくなる。
そして、余計なものは消える。
上司や教師が気に入らないなら、露骨に無視することは、やはり実際は過剰に意識しているのだから、必要以上に考えないことだ。
そうすれば、見事に消えてくれる。
もちろん、そいつらは、あなたからエネルギーを奪いたくて、しつこく絡んでくるが、賢く交わし、「こいつらに構っている暇なんかないのだ」と思い出し、やりたいことをやるのだ。
もし、そいつらが消えないなら、あなたが素晴らしいところに行くことになるのである。









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