末期癌による臨死状態から蘇生し、宇宙の真理を悟ることで癌が治ってしまった女性が書いた本が世界的ベストセラーになり、彼女は講演や対談に大忙しになったが、世界中の人々が彼女に切実に尋ねるのは、「どうしたら私も幸せになれるか?」だ。
その女性は、「こうしたら幸せになれますよ」とずっと言い続けているに関わらず・・・だ。
人々が求めているものは、「これを押せば幸せになれますよ」というボタンだ。
だが、そんなものを提供してくれるのは新興宗教だけだ。偽物のボタンしかくれないが、しばらくの間は大喜びしていられる。

人々は何を言いたいのだろう?
「まだ私のところに、少なくとも資産一千億円の王子様がプロポーズに来ません」
「15歳の美しい処女が『私を食べて』って言ってきません」
くるかバーカである(笑)。
偉大なミュージシャンが言ってたものだ。
「街角でハーモニカを吹いてるだけで満足出来るようなやつじゃないとミュージシャンになんてなれないんだ」
ところが、いるんだよね、駅の近くでハーモニカの音を響かせているにーちゃんが。
どのくらい上手いのか、私には分からないが、まあ、煩いことは間違いない。
地獄少女ではないが、みんな「いっぺん死んでみる」ことが必要だ。

だけど、真実はやはり、上のミュージシャンが言った通りだ。
「はい、その通りです。僕は毎日、コンビニの玉子サンドが食べられたら満足です。それだけで満足出来るんです。満足です・・・だけど・・・」
まあ、これが凡人ってやつだ。全然満足してないのだ。
本当に満足してるなら、ある日、その玉子サンドが売り切れで買えなくても、さして気にしないものだ。

最初に取り上げた、臨死体験の女性は、「ただ自分を愛することだけが大事」と言ったが、1つ抜けている。
自分を愛するためには、捨てるものが必要なのだ。
彼女は、なぜかくも幸せになったかというと、ほとんど捨てたからだ。
あのミュージシャンは何を捨てたのだろうか?

『愛と誠』という漫画で、全身に鞭を受けながら平気な顔でいる太賀誠に、その鞭を振るっている、感情が全くないような冷血非道な男すら怖れを感じる場面がある。
誠は言う。
「ちっとも痛くねーんだよ。痛いなんてのは欲しがり屋の言うことだ」
不満、屈辱、心の痛みを感じる間はまだまだである。
つまり、必要なだけ捨てていない。
捨てられないなら、それと心中することだ。玉子サンドとね(笑)。

最近の若者は、すぐに「ムカつくう!」と言うが、ムカつく間はムカつかされることばかり起こるのである。









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