超心理学では、超能力というものを、いろいろ定義しているのだと思う。
しかし、私が思う超能力とは、物質世界のハッキング(改変)能力だ。
普段は信じ易い人でも、何かを本当に受け入れる時には、かなり疑い深いものだ。
私もそうだが、特に、コンピュータープログラマーになってからは、徹底的な疑い癖がついた。
しかし、偶然としてはあまりに珍しい現象を沢山経験すれば、その全てが偶然だと思うことが不合理だという結論に至る。
そんな訳で、現実をハッキングする超能力はあると、主張はしないが断言する。

それで、どうやったら、そんな超能力が使えるかだが、公式といったものはないと思う。
現実が変わらなければ破滅するという状況になれば、その力が発揮され易い。
もちろん、普通の手段で解決することをやりもせずに、安易に超能力に頼るべきではないし、そんな姿勢では、超能力は発揮出来ない。

昔のアメリカでは、学校で男の子が殴られて泣いて帰ってきたら、父親は「馬鹿野郎!やられたらやり返せ!」とハッパをかけたそうだ。
だが、今の時代、特に日本でそんなことを言ったら、子供が殺されるかもしれない。それほど子供達の心は歪んでいる。
とはいえ、いつの時代でも、子供は馬鹿だ。
昔のアメリカでも、父親の指令通りにやり返して、いろんな意味で取り返しのつかなくなった例も沢山あるだろう。
だが、そんな危機的な状況になった時、超能力が発揮されることがある。

実際、私にとって、危機は好機である(ピンチはチャンスと言う場合が多いか・・・)。
再度言うが、あまりに安易に超能力に頼ってはいけない。
だけど、人智や下手な策略は、むしろ周囲に迷惑をかける場合が多いことが分かってくれば、速やかに超能力で解決した方が良い。
最近は、屁理屈だけは上手いやつも多いので、口喧嘩ではこちらが消耗してしまうし、体力では自信があるが、まさか今の時代、肉体的攻撃なんか出来るはずがない。
そして、面白いと思うが、ネットの時代になるごとに、超能力の時代になってきた感じもする。
ネットは、物質よりも精神に近い世界だからね。
実際、自分がネット世界の存在だと思っている人は超能力が発達していることが多い。
とはいえ、やはり、現実世界も無視してはならない。
肉体も大切なものなのである。
むしろ、肉体は健全な方が良い。
健全な肉体とは、たらふく食べて、下品なスポーツでいびつに筋肉を発達させたような身体のことではない。
妖精のように身軽でしなやかで、そして、十分に強靭な身体のことだ。
蹲踞や腕振り運動やヒンズースクワットで得ることが出来る。
まあ、なかなか妖精のような身体にはならないが、そうなるような気持ちだけは持っていることだ。
そして、あまり呼吸しないことだ。
呼吸は意識でコントロール出来ることから分かるように、完全に無意識でやっている訳ではない。
普段の心が平静な時や、眠っている時ですら、意識が少しは入っている。
そして、「呼吸しない」と思うことで、神経の中の量子的なスイッチが切り替わる。
それが、超能力を発揮する条件なのだ。
まあ、理屈はよろしいので、呼吸をあまりしないことである。
初音ミクさんの素晴らしいイラストの中には、本当に呼吸を感じさせないものがある。
そんなものを眺めていると、分かってくると思う。
良い絵が描かれた雑誌を下にご紹介しておく。








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