人は誰でも、幸せになりたい、豊かになりたい、嬉しいこと楽しいことと、いつも共にありたいと思っているだろう。
そのために、みんなそれなりに頑張っているのだが、特に努力が大きい訳でもなく、賢くもないどころか、とんでもない馬鹿なのに、かなりうまくいくやつもいれば、全く駄目なまるで駄目男、まるで駄目子もいる。
いったい、その差は何なのだろう?
さっきも言ったが、うまくいく者の中には、本当に呆れるほどの馬鹿(思い出したくないので具体的に描写しないが)も少なくないのである。

そこで、植島啓司さんの『運は実力を超える』という本を思いだす。
しかし、植島さんは超実力者だ。東大出て、留学して、日本やアメリカの大学で教えて、テレビでも人気が出て、本は売れまくっている。
まあ、彼と同等以上の能力がある者でも、さっぱりな者は多いはずだから、あながち間違いではないにしろ、凡人の全く駄目なやつでも運でうまくいくものだろうか?
ドワンゴ創業者でカドカワ社長の川上量生さんも、時々、自分が運だけで成功したようなことを言うが、受験勉強せずに京大工学部に入ってきっちり卒業し、その後も奮闘努力したはずである。どう考えても大したやつだ。

しかし、ここに、本当に凡人の駄目なやつがいる。
大学は入ったが(大した大学ではない)、全く通学せず1日中寝て暮らしのニートの中のニートが。
暇なので、親のいない昼間には、宗教の勧誘が来たら家に上げて話を聞くほどだった。まあ、そんな私も勧誘出来ない宗教の魅力のなさは考えものだが・・・
スタート時点では、私とまるで駄目男君(私の職場にいる30歳過ぎの人生の落伍者。派遣の雑用係)で差はない。
彼と私の差は、ジョセフ・マーフィーの本を読んでいたかどうかだけだ。
ただ、私も、マーフィーの本に書いてある、ややこしい手順や長いお祈りはさっぱり駄目だが、本の中で紹介されていた「言葉法」という簡単なやり方が好きだった。
それは、「富」「成功」「歓喜」といった、良い言葉をただ唱えるというものだ。
これは、斎藤一人さんの「千回の法則」と本質的に同じと言って差し支えないと思う。
斎藤一人さんは、「幸せだなあ」「有り難いなあ」といった言葉を、心なんか込めなくていいから、とにかく口に出すよう(駄目なやつに)教えてやって欲しいと本に書かれていたと思う。
うん、本当に、まるで駄目男君に教えてやりたいが、多分、いや、絶対、彼は、こんな簡単なことすら続けないのだ。彼の願いは、誰かが自分の面倒を見てくれることだけだ。
つまり、自立心ゼロで依存性百なのだ。
だが、あなたはそうではない。
もう何やっても駄目なら、波動の高い言葉を、ひたすら、ただ声に出すことだ。
「幸せだなあ」と言えば、脳は、その言葉と整合性を取ろうとし、潜在意識に通信を送って、潜在意識の中の巨大な力によって、つじつまを合わさせる・・・つまり、幸せな状況を作ってしまうのである。
それについては、天才発明家で仏教研究家の中山正和さんも、脳のメカニズムとして解説していたように思う。
「幸運だなあ」、斎藤一人さん風には「ツイてる」と言えば、運も味方するのかもしれない。
そんな訳で、実験報告、お待ちしている。
私に関しては、千回続いた言葉については、百パーセントだと思う。








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