「どん詰(つ)まり」と「詰(つ)み」は似たような言葉だ。
「どん詰まり」は、

(1)物事の最後。これ以上どうにもならないぎりぎりのところ。どんづめ。
(2)道が終わっている所。行き止まり。

で、「詰み」は、チェスや将棋で、完全に捕獲された状態で、特に、チェスの「チェックメイト」と言ったら分かり易いと思う。

さて、人生も、多少ルールが複雑なだけで、チェスや将棋と同じゲームだという考え方がある。
それなら、負けゲームにはいつか「どん詰まり」「詰み」「チェックメイト」に追い込まれる時が来る。
源義経(牛若丸)が、まさに、どん詰まり、詰み、チェックメイトで散った代表として名高い。
一方、伊達政宗は、何度もチェックメイトの危機に陥りながら、ふてぶてしく生き残り、最後、

残躯天所赦(残躯天の赦すところなれば)
不楽是如何(楽しまずんば是如何)

と詠んだ。
つまり、天のお許しで、生き残ることが出来たのだから、大いに楽しもうではないかという意味だと思う。
良い人生であったことが伺(うかが)える。

私が最近好きなチェックメイトの様子は、SF小説『BEATLESS』で、可憐な少女の姿をしたアンドロイドである紅霞(こうか)の散り際だ。
彼女には心も魂もないのだが、だからこそ輝く。
紅霞は、チェックメイトを完全に受け入れた。受け入れるしかない状況だったが、潔かった。
では、我々は、チェックメイトに対し、どんな態度でいれば良いのか?
斎藤一人さんが、歴史小説を読んで、英雄達の死に際を見ておけと本に書いていたように思う。最後はいろいろだろうが、心構えは持っておいた方が良いのかもしれない。


Last night,Good night
Last night,Good night
いつかは むかえる
最後を 想うよ
夜空に 願うの
ときわの 笑顔を

おやすみ
~『Last Night, Good Night』(作詞・作曲・編曲:kz、歌:初音ミク)より~


なんて美しい歌だろうと思う。
夢破れて、悔恨の中、朽ちていくのだろうか?
夢は叶わなかったが、笑って死ねるだろうか?
柔道家の木村政彦が、柔術家のエリオ・グレイシーの腕を折って勝った時、
「試合に勝って勝負に負けた」
と言ったが、運命との試合に勝ってはならない。負けても勝負に勝てば満足だ。
どんな征服者も大富豪も、最後は負ける。
武道では、どんなに強くても、負けた時の準備をしなければならないのだとか。いつかは負けるからだ。

だが、今のあなたの危機はチェックメイトではない。
何度もやって来る危機を、ひらりいひらりとかわし、最後の勝負に備えるのである。
小敵を退けるためには、斎藤一人さんの千回の法則を使っても良いし、お好みなら筋トレでも良い。
ラスボス(ラストボス。最後の敵)にたどり着けないことが人生の「罪」で、それをこそ「詰み」という。
人間は、どんな困難にも打ち勝てるように出来ている。
最後の敵の顔を見たいじゃないか?
さぞ驚くだろうし、面白いぞ。









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