イエス・キリストは、「人は口に入るもので穢れはしない。口から出るもので穢れる」と言ったのだそうだ。
口に入るものとは食べ物のことで、化学添加物のなかった時代ではあったが、何を食べようと構わないということだ。
口から出るものとは、いうまでもなく言葉で、どんな言葉を口に出すかが問題なのである。

また、イエスは、「医者を必要とするのは病人」と言い、自分もまた、優れた人のためではなく、下等な者のために来たのだと言っていたと思う。
イエス自身も世間的にはニートだったが、立派に働いていたと言って良いだろう。
しかし、当時は、今の時代のひきこもりやニート、発達障害、エゴママに育てられて心が歪になった者は、少なかったと思う。そもそも、ひきこもっていられるようになったのは、文明のおかげと言えるだろう。
今時代の、いろいろな難物相手にも、イエスの教えは有効だろうか?
私は、時々お話する、まるで駄目男君(私の職場にいる30歳過ぎの人生の落伍者。派遣の雑用係。ますますキモくなってきた)を救える教えがあったら、本当に素晴らしいと思う。
そんなものがあれば、誰でも・・・私でも救える(笑)。
それで、いろんなものを調べたり、人体実験をし、その成果をまとめているのである。

斎藤一人さんって人は、どこまでもぶっ飛んで行き、今はどのあたりにいるのか分からないが(笑)、ある時期までは、それなりに地球人レベルのことを書いていた。まあ、そんな時期でも、なかなか受け入れられなかっただろうし、本人もそう言っておられたと思う。
そして、イエスが、人は言葉で穢れると言ったのと逆で、斎藤さんは、良い言葉で人は良くなるということを特に教えていたことがあった。
「幸せだなあ」と声に出して言えばそれで良いのだが、注目すべき点は、そんな言葉を言う時、心を込める必要はないということだ。
とにかく、良い言葉を声に出すことが大切なのであり、気持ちが大切なのではない。
なぜなら、良い言葉には良い波動があり、その波動に包まれることが必要なことであるからだ。
まるで駄目男君だと、どうせロクな感情や考えは持てないだろうから、とにかく、「幸せだなあ」「ありがたいなあ」「豊かだなあ」と、口に出すことだけすれば良いのである。
それで万事OKで、1つの良い言葉を口に出すのが千回も超える頃には、かなり良くなると言う。

イエスも、大抵は行動について語ってるのであり、心をどうしなさいとは言わなかったと思う。
しかし、ウィリアム・ウォーカー・アトキンソンやチャールズ・ハアネルといったところは、心の支配を重要視しているが、これらの教えがいかに素晴らしくても、まるで駄目男君には絶対に無理だろう。
いや、斎藤さんの言われる「とにかく言葉を口に出せば良い」すら、まるで駄目男君には3日どころか、横で言ってやらないと10分も続かない。
だが、ひょっとしたら、やりさえすれば、想像も出来ないが、まるで駄目男君でも立派になれるのかもしれないのだ。
ここはひとつ、私が人体実験をしておこう。
実験といった邪まな気持ちでも一向構わないだろう。大事なことは言葉を口に出すことだけなのだから。









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