人間が強く、自由に生きるために、一番大切なものは自信だ。
自信があれば、目標は達成出来る。
ただしそれは、冷静な自信でなくてはならない。
自分は虎と戦って勝てると自信を持っているつもりでも、実際に虎と戦えば、すぐに圧倒的な実力差に自身を失い、そして、簡単に殺される。
だが、虎の実力を味わいながら、最後には勝てるという自信があれば勝てる。
私が昔読んだ、パラマハンサ・ヨガナンダの自伝で、タイガー・ババという、虎を素手で倒す聖者が登場するが、彼が、「人々は冷静な自信が欠けている」と言うのが印象的だった。
その通りだと魂で感じたからだ。

可愛い女の子がいて、恋人にしたいと願っても、自分が彼女の彼氏として相応しいという自信がなければ、当然、叶わない。
だが、冷静な自信があれば、彼女は君のものだ。

では、ここが肝心だということは誰でも分かると思うが、どうすれば自信が得られるかだ。

自信について、人々は大きな勘違いをしている。
自信というのは、あるかないかではない。
自信がない人はいないし、完璧な自信を持った人もいない。
正しくは、自信とは、大きいか小さいかである。強いか弱いかと言っても良い。
自信は、大きくしていくべきものだ。

どんなことでも、それを達成したら自分を誉めれば、自信が少し大きくなる。
ただし、その成功を過大評価したり、自慢しないことだ。
多くの人は、せっかくの成功体験をしても、その体験でむしろ自分を制限し、制限の外に挑もうとしなくなるのは、その成功にいつまでもこだわり、自慢をするからだ。
せっかく金メダルを取って自信を持っても、「俺は金メダリストだ」と思い続ければ、もう何も出来なくなり、実際の自信は失くなってしまう。
だから、賢い人は、成功したら、そこから離れるのである。

肥満していたのが、食を慎み、すらりとした身体になったら、「よくやった」と思って自信を持てば良い。
だが、少食にこだわり、自慢までしたら、やせ細り、心もおかしくなり、ただのおかしな老人になってしまう。
かといって、リバウンドして再び太ったら、完全に自信を失くす。
少食を続けることは苦しいが、適度でいいから、黙って食を慎しみ続ければ、自信を増していく。
そうだ。
自信を持っている人というのは、何かを、自分を励ましながら、決して自慢せず、ただ、黙々と続けている人だ。

毎日、自信を少しずつ育てることだ。
自信を、時間をかけて大きく育てた人を、人々は敬う。
なぜなら、そんな人は静かだからだ。
静かさこそ本当の強さである。









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