『巨人の星』というと、一見、SFのようだが、これは日本の歴史的な野球漫画・アニメ作品のタイトルだ。
いわゆる「スポ根」もののはしり(先がけ)と言える。
優れたサードだったが、第二次世界大戦での戦闘で肩を負傷し、野球が出来なくなった星一徹が、息子の飛雄馬(ひゅうま)に夢を託し、幼い頃からピッチャーの英才教育・・・というか、しごきで鍛え、野球ボール以外、一切の遊び道具を与えず、野球のピッチャーになるためだけに生きるようにするという、今の時代なら児童虐待であるが、当時は、その点で批判されることは、ほとんど全くなかった。
アニメの方だけ(原作漫画にはない)かもしれないが、飛雄馬が中学生の時の、こんなエピソードがある。
クラスで、1人の腕力自慢の男子生徒が幅を利かせていた。
その男子生徒は、負けると、手の甲が当る位置に、生け花の剣山を置いて腕相撲をすることを、他の男子達に強要して、自分と腕相撲をさせ、恐怖を与えていた。
皆が彼を恐れる中、平気なばかりか、彼を小馬鹿にした態度の飛雄馬に業を煮やし、その腕力自慢男子は、飛雄馬に自分と、この恐怖の「剣山腕相撲」をするよう強制する。
その腕力自慢も、飛雄馬同様左利きだった。
自信満々で左手を握り合った腕力自慢の男子は、しかし、腕相撲開始直後、泡を食う。
飛雄馬の、幼い頃からの左腕の鍛えっぷりは半端でない。
少々の腕力自慢などでは全く話にならない強さだ。

正直、私は、『巨人の星』は馬鹿にしていた。
原作者の梶原一騎氏は実は野球が好きではなく、漫画を描いた川崎のぼる氏は子供の時から野球遊びをしたことすらないという、とんでもない組み合わせで作られた作品で、梶原一騎氏特有の奇想天外な馬鹿話も多い(というか大半だ)が、なぜかあまり問題にされず、絶賛する親や教育者もいたように思う。
だが、上記のお話は実に感慨深い。
人間の能力は、かけた時間で決まるという単純な真理を見事に表している。
人気者のチームラボの猪子寿之社長も、夏野剛氏との対談で、「人間の能力に差はない。大切なことは長時間やること」と述べていたし、音楽家の坂本龍一氏と作家の村上龍氏との来談でも、そんな話があった。
私が小学4年生の時、音楽の時間に、クラスの1人の女子生徒がピアノ演奏を披露したが、あまりの上手さに、私は絶句した(他の子達の反応は覚えていない)。
彼女も、幼い時からピアノを、かなりハードにレッスンしていたのだろう。
「これが長い鍛錬の成果か」と私は感動したものである。

何か1つ、長く続けることだ。
私を食べさせてくれているプログラミングの腕前も、所詮、時間をかけて訓練したものだ。
もし、倍の時間をかけていたら、一流プログラマーにだってなれたことだろう。
今、何か徹底的に時間をかけてやっていることがなければ、一刻も早く始めることだ。10年で成果は現れると思う。
念仏や呪文だって、10年もやれば人間を超えるが、まずは、世間で戦い勝って、お金になる何かを続ければ良い。3年もやれば、そこそこ金になると思う。
実力は、どれだけ時間をかけたかで決まる。
このことを忘れないことだ。









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