人間は、絵画や音楽を楽しむほど余裕を持たなければならない。
あせらず、落ち着かないといけない。
ところが、「お前、ちっとはあせれよ!」と言いたくなるような連中・・・漫画やアニメばかり見たり、ゲームや気楽なSNSばかりやっている者もいる。
まあ、落ち着かなければならない者があせり、あわてなければならない者がのんびりしているのが世の中といえば、その通りなのだが。
だから、立派な人に対しては、
「気を弛めてはならないが、あせってはならない」
と激励すべきだし、馬鹿者に対しては、
「あせる必要はないが、気を弛めるな」
と叱咤すべきだろう。

こんなことを見事に言ったのが、西部劇『怒りの荒野』の、「ガンマン十戒」の第6「危険な時ほどよく狙え」である。
ただし、危険と無縁の「ぬるま湯男子」には関係のない言葉だ。
だけど、危険は、知らないうちに忍び寄る。

例えば、のんびり緊張感なくサラリーマンをやっていたら、不況で会社が潰れそうになったが、会社が潰れたら、自分のような特別な能力を持たない中高年など、どこも雇ってくれないことに気付く・・・つまり、危険な状況の中にいることがやっと分かる。
また、こんな女性がいた。
そこそこきれいで、そこそこ優秀なためか、プライドが高いようで、どんな男も気に入らないから、結婚する気が全然ない。まあ、基本的な能力は低くないので、なんとか会社の中でうまくやっていたが、30歳をかなり過ぎると、結婚する気がないと言うより、もう結婚出来ないから、一生、自分の力で食べていける力が必要だと気付くが、結局のところ、これまで甘えて過ごしていたので、それほど鍛えられておらず、大した力はついていないことを認識してしまって、あせっているのである。

中国に、こんな話がある。
ある老僧が、高い木の上で生活していた。
誰かが、
「お坊様、危険ではないですか?」
と言うと、老僧は、
「お前達はもっと危険だ」
と返す。
危険を感じないのは、他者に依存して甘えている者だ。
しかし、いずれ、自分しか頼れるものがないことに気付く。
そして、その時は手遅れなのだ。

だから、人間は、自分しか頼るものがないことに、出来るだけ早く気がつかなければならない。
それに気付けるよう、親は、決して子供を過度に甘やかしてはならない。
だが、自分が愛されることを願って子供を甘やかし、子供を駄目にしてしまう親ばかりなのだ。
しかし、親の文句など言っても、何にもならない。
危険に気付くのだ。
曇りのない目で見れば、そこもかしこも危険だらけだ。
それが分かれば、弛んでなどいられるだろうか?
心身を鍛えずにいられるだろうか?
そのことに早く気が付く者は幸いである。
人生は所詮戦いなのである。









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