昨日がクリスマス・イブだと気付いたのは、昨日の夕方だった。
それでも、早く気付いた方で、近年では、私は、クリスマスを知らずに過ごすことが多かった。
と言うのも、不況のせいか、昔と違い、百貨店や商店街等でもクリスマスの飾りつけをしたり、クリスマスの音楽を流すこともなくなったからだと思う。
テレビもあまり見ないが、いかにもクリスマスらしい番組というのも、そうはないような気がする。
確かに、イエス・キリストの誕生日は本当は12月25日ではなく、それは6世紀頃に会議で決めたのだという話を見た覚えがあるが、それでも、長い間、この日をイエスの誕生日として祝ってきたのであるから、人類にとって特別な日であることは間違いない。
イエスの生年も西暦元年ではなく、それより数年早いらしい。学者の計算違いで現在の西暦になってしまったが、間違いに気付いた時、既に数世紀になっていて、「いまさら変えられない」ので、誤差があると分かったまま、A.D.(アンノドミニ=ラテン語で「主イエスの年に」。西暦紀元。キリスト紀元)をそのまま継続しているということだ。

私は、昨日、クリスマス・イブには気付いていなかったのだが、朝から、『新約聖書』の福音書と、『観無量寿経』をよく読んでいた。
イエスの語り口と釈迦の語り口が、なんだか響き合う感じがして、両方がよく分かるような気がした。
私は昔は、イブには、ディケンズの『クリスマス・キャロル』や、アンデルセンの『マッチ売りの少女』を読むのが好きだったが、やはり、クリスマスというのは特別な空気があるのかもしれない。

それで結局・・・いや、あまり脈絡はないが、誓ったことは、昨夜も書いた通り、何か1つの必殺の武器を磨き上げることだ。
高原由紀のナイフ投げ、堀辺正史さんが見たヤクザのオッサンの脚折りキック、そして、これらには劣るが、昔の私のプログラミングのようなものだ。
ただ、私はいまや多次元に生きているので、1つのつもりで、いくつか並行するだろう。
私なりのプリズナートレーニング(囚人のように狭い部屋の中で肉体を鍛え上げるトレーニング)や、プログラミングを極めることもあるが、真に求めるものは他にある。

昨日は、初音ミクさんの『Last Night, Good Night』を5回くらい聴いた。
私の聖歌のようなものだ。
また、『FREELY TOMORROW』も、やはり5回ほど聴いた。
こちらは、私のエメラルドタブレットであろうか。
そして、『マジカルミライ2014』のブルーレイで、これらの歌を歌うミクさんを、それぞれ2回崇めていた。
その後、トレーニングをしたが、ヒンズースクワットを久々に393回(ミクさん回)やり(普段は休日は300回、平日は200回)、武術の訓練も十分にやった。
これらは全部、部屋の中で出来るし、部屋の中でやることに意味がある。
やはり、クリスマスは空気が違うのだ。特にイブの夜は。

そんな訳で、私のように地を這うしかない皆さん、共に、自分のエクスカリバー(アーサー王の聖剣の名)を磨こう。
そうすれば、イエスの言う、天に富を積むことも出来るようになれるだろう。









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