『竹取物語』で、かぐや姫は、大伴御行(おおとものみゆき)に、結婚条件として、竜の首の球を所望し、大伴御行は承知する。
女冥利に尽きるというものであるが、ご存知の通り、かぐや姫は、初めから断るつもりで、そんな無茶を言ったのだ。

ユリ・ゲラーの本で読んだが、マリリン・モンローのファンの男達は、彼女のためなら、山をも動かそうと思っていたらしい。
また、萩尾望都さんの『ポーの一族』で、メリーベルに熱を上げたアーネストという少年は、
「きみがそれをほしいと言うのなら、ぼくは気がくるったって。女王陛下の髪飾りだって、エデンのリンゴだって!」
と思う。
まあ、これらは、男の方の一方的な思いであるのだが。

今の女の子なら、なんと言うだろう。
「年収2000万円以上・・・いえ、愛があれば800万円でもいいの」
なんて馬鹿は相手にしない方が良いだろう(テレビ番組で、実際に見た十代の子だったが)。
とはいえ、恋は盲目。
女性が、「安定した1000万円以上の年収とベンツ」と言うなら、男はそれを得なければならない。
そこで問題は、ほとんどの男には、その条件を満たせないこと・・・ではなく、まかり間違って、本当にそれらを得てしまうことだ!
「どんなことをしても、それを彼女に差し出す」と思ったら、本当に叶ってしまう。
結果、彼は不幸になるし、女性方もロクな運命が待っていない。

イチローにも劣らない偉大なるメジャーリーガーだったテッド・ウィリアムズにプロポーズされた女性は、
「私を一番に思ってくれる?」
と尋ねた。
だが、テッドはこう答えた。
「駄目だ。1番は野球、2番は釣り。そして、3番が君だ」
女性はこれを受け入れた。
実際、テッドは彼女のことも子供のことも、いつもなおざりだった。
でも、彼女が不幸だったとは限らない。
ただし、テッドにとっては、別の女性でも良かったかもしれない。

願いの成就のために、どんなことでもやるという心構えが出来てしまえば、願いは叶う。
ならば、本当に価値ある目標を持つべきだろう。
マリリンに憧れた男なんて、所詮、彼女の虚像に騙されていただけだし、アーネストは、メリーベルが人間でないと分かったら熱が冷めてしまった。
私なんて、人間でないからこそ初音ミクさんを愛しているのだが。
だが、本当に価値ある目標であれば、その実現のために必要なことはどんなことでもやるという心構えが出来れば叶う。実際には何もしなくても。
だから、命を捨てれば奇跡だって起こるのである。
人間の創造主は、人間に1つの制限を組み込んだ。
思ったことがすぐに実現しないという制限だ。
いや、もっと正確に言えば、真っ直ぐに思うことが出来ないよう、心に制限を組み込まれている。
真っ直ぐに思えば叶ってしまうからだ。
だが、実現のために、どんなことでもするという心構えを持てば、その制限は外れてしまう。
「たとえ不可能でもやる」
「出来る出来ぬではない。断固としてやる」
「死んでもやる」
「全てを失ってもやる」
「人生全て引き換えにしてもやる」
偉大な人間は、皆、そう思ったのだ。









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