成功したかったら、結局のところ、好きなことを思い存分やる以外にない。
まあ、そう言ったら、今の時代、「じゃあ、ゲームをとことんやります」と言われても、「まあ、お好きなように」と言ってやるしかないが、ゲームで成功した者も確かにいるし、色事にかまけて芸術みたいなもので成功した者もいる。
ただ、初音ミクさんのお父さん、クリプトン・フューチャー・メディア社長の伊藤博之さんが講演で言われていたが、好きなことが出来るシステム・・・まあ、場所や設備や時間、それに、経済的なことも含めた環境全般なのだろうが、それは自分で作らないといけない。
通算出塁率のメジャー記録を持ち、イチローも成し得なかった打率4割を達成した、現在、最期の4割打者であるテッド・ウィリアムズは、子供の時からバッティングが大好きで、起きている時間の全てをバッティングに注ぎ込もうとしていた。
それほどまでにバッティングが好きで野球選手になれないことがあるのかどうかは私には分からないが、いずれにしろ、それほど好きなものがあることは幸せなことだろう。多分・・・

誰かが、「成功したかったら、自分の好きなことは何か、じっくり心ゆくまで考えろ」と言ったが、いろんな意味で、それは難しいと思う。
また、ミクパパの伊藤博之さんは、確かに音楽が好きだが、ミュージシャンになろうとはせず、電子音楽に徹底的にのめり込んだのは、運が良かっただけかもしれない。
彼は、北海道に生まれ、会社も北海道で作り、ずっと北海道で事業をしているが、ミュージシャンになるために東京に行って、失敗して帰って来た人達を見ていたらしいが、それも良かったのだろう。
ビル・ゲイツだって、高校生の時にプログラミングにのめり込んだが、一(いち)プログラマーにこだわっていたら、果たして成功出来たかどうかは分からない。
彼の、プログラマーとしての業績は、本人も言う通り、8080CPU用のBASIC言語しかないが、それも、大半はポール・アレン(友人でマイクロソフト共同創業者)が作ったという話もある。
ゲイツが天才プログラマーだというのは、いまひとつ信憑性はないが、それでも彼は、人類の中で、ほとんど誰よりも成功したのだ。

宮沢賢治なんて、運の悪い例かもしれない。
彼は多分、文章を書くことが好きだったのだろうが、教師をやったり、音楽をやったり、サラリーマンもやったし、農業指導者もやった。
そして、文学で稼いだ金は生涯で5円(今の10万円くらいか)だけだ。
彼の場合、案外に、家が大金持ちだったことが、災いしたのかもしれないが、それは何とも言えない。
ゴッホも、家が金持ちだったわけではないが、弟のテオが経済面の一切の面倒を見てくれたことが、果たして良かったのか悪かったのかは分からない。

いずれにしろ、自分が本当に好きなことを見つけ、それに邁進出来た者は、そうでない者より幸せだし、特に今の時代なら、ほぼ確実に成功出来ると思う。
だが、自分でそれを見つけることが出来る者は、きっと少ないのだ。
あなたもその1人と思う。
だから、「自分探し」なんてものが流行るのだが、それで首尾よく見つけることが出来る者も、やはり、滅多にいないのだ。
では、片っ端から試していけば・・・いや、やっぱり、見つからないまま人生を終えてしまう。
世界ってのは、それほど多くの偉人を求めてはいないのかもしれない。
だったら、悟りを開くとか、仙人やマスター(大師)を目指すよりないかもしれない。
「ブッダにでもなるか」「キリストにしかなれない」
案外に、釈迦やイエスはデモシカだったのかもしれない。
不遜かもしれないが、私は少し、そう思っている。









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