世間に存在している、非常に多くのものが無用なばかりか有害であることが分かってきてしまった。

シャンプーや石鹸は、無くて良く、無い方が良く、さらに、あると悪いものであるようだ。
シャンプーを使わなければ、髪は美しくなり、頭の地肌が健康になってフケ・かゆみがなくなり、抜け毛も減り、髪が濃くなるというのは、おそらく確かだろう。
石鹸も、使わなければ、肌が健康で美しくなり、肌のトラブルが解消されるのではないかと思う。
私は、ごく幼かった時、風呂で母親に石鹸で洗われるのが大嫌いだったことだけは、はっきり覚えている。
私は幼い時から、アトピーか乾癬か分からないが、深刻な皮膚病なのだが、もしかしたら、母親が良かれと思って、毎日熱心に私を石鹸で洗っていたこと、そして、ごく最近まで、私自身が石鹸で身体をよく洗っていたことが原因かもしれない。
私は今は、シャンプーも石鹸も一切使わず、水(お湯)だけで身体を洗っているが、少なくとも不潔だということは全くない。
長年の習慣で持ってしまった皮膚病が、そう簡単に治ることはないかもしれないが、悪くない感じにはなってきていると思う。
沢山の有名な美しい芸能人達が、やはり、水だけで身体と髪を洗うそうだが、それも多分本当だろう。自分でやってみたら分かると思う。

私は、以前から、身体を鍛えるのにジムやトレーニング機器は一切不要で、畳一枚の場所さえあれば超人的に強く美しい身体が得られる「ワン・マット・アスリート」を提唱していたが、かつまたさんがコメントで教えて下さった『プリズナートレーニング』という感動的な本には、監獄の中の独房で出来る、古代から伝えられてきた究極の肉体強化法について書かれていて、ジムやジムにあるトレーニング機器、そして、プロテインが、いかに無駄であるだけでなく、有害なものであるかが、実践的リアリティでもって書かれている。著者は数十年の間、服役囚として監獄で過ごし、その中で身を守るという必要に迫られて習得した本物の技術の魅力は強烈だ。

セミナーも能力開発プログラムも自己啓発書も、やはり、不要なばかりか、有害でしかないのだろう。
元Googleのチャディー・メン・タンが開発し普及させているSIY(サーチ・インサイド・ユアセルフ)は、良いと思いつつ、あの派手な宣伝には抵抗を感じていたが、その直観通り、おそらく、あれも例外ではない。つまり、不要で有害だ。
必要なことはただ、鼻で穏かな呼吸をし(鼻呼吸すれば自然、穏かな呼吸になるのだが)、ピンチの時は自分に「大丈夫だ(All Right)」と言い聞かせれば良いだけなのだ。

他にも、まだまだ、無駄で有害なものは沢山あるのだろう。
例えば、学校、教師のほとんどがそうである。
インドの教育学者スガタ・ミトラや、日本が誇る世界の頭脳(で、初音ミクさんが大好きだという)で、MITメディアラボ所長(MIT教授)の伊藤穣一さんら、世界最高の教育者達も、「必要なものは学習で、教育は不要」と断言している。全く同感である。
アインシュタインも、学校に反発して授業を無視し、大学の講義には全く出席せず、ひたすら独学で勉強したのだ。まして今はIT時代で、アインシュタインよりはるかに有利に独学で勉強出来るのである。
馬鹿げた学校や阿呆な教師を相手にする必要がどこにある。
無論、メンターとしての教育者は必要だが、それは、本当に優れた教育者でなくてはならない。そして、メンターは、別に学問の専門家である必要は全くなく、何かの分野を深く極めた人間が良いのである。
また、医療の多くも不要かつ有害であると思われるが、長くなるので今回は省く。

ただ、1つ付け加えると、頭脳を究極的に向上させる技術がある。
それは、ニコラ・テスラやイーロン・マスクが実践していたものだが、今はまだ体系付けられていないし、それがなされるかどうかは分からない。
それは何かというと、簡単に言うので性急になって誤解しないで欲しいが、ある種のイメージング法である。
浄土系仏教の経典である浄土三部経の1つ『観無量寿経』は、その訓練のために、釈迦のはるか後の人達が作ったもので、純粋な仏教の経典ではないのだろう(実際、サンスクリット版がないそうだ)。
まあ、別に天才になる必要はないのかもしれないが、人類の運命を背負うつもりなら研究すれば良いと思う。

















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