昔読んだ、禅僧が書いた本に、こんなことが書かれていたのを覚えている。
その禅僧は、寺の教えに従い、息をたっぷり吸って、しっかり吐き切るという呼吸法を毎日やっていた。
そうしたら、下腹が大きく出てきて、「俺も立派になった」と嬉しくなったという。
・・・馬鹿である。
腹が出ることのどこにも立派なことなんかありゃしない。
そんなの、みっともない以外の何物でもない。
おそらく、この禅僧は、贅沢な食事をしていた訳ではないと思う。
その、深く吸って吐く、あるいは、しっかり吐いて深く吸う呼吸法が間違いであって、腹が出るだけでなく、頭や感覚もおかしくなって、腹が出たのが嬉しいと思ったのではないだろうか?

健康になる、頭が良くなる、潜在能力を引き出す、願望を叶えるという目標のために、こういった深い呼吸をする呼吸法を教える本やセミナーが沢山あると思う。
私も、散々やったことがある。
結果、私は、不健康になり、愚鈍になり、変な人になってしまったと「実感している」。
岡田式静坐法で知られた岡田虎二郎は、静坐に関しては優れた教えを与えていたが、静坐と共に、やっぱり深い呼吸を教え、自身が49歳の若さで亡くなり、岡田式静坐法は忘れられた。
外国の人が岡田式静坐法を学び、それを自分の国に持ち帰って、人々の心身の健康の向上に役立てることが出来たという話はあるが、もしそうなら、それは、岡田式静坐法の身体の姿勢だけを採用したのではないかと思う。

身体には糖分が必要で、血液には適度な糖分がなければならない。
ところが、糖分を過度に摂ると、身体はインスリンを出して糖濃度を下げようとする。
糖濃度が高過ぎると、なぜか血液の糖を有効活用出来ないからだ。
しかし、それでも尚、余計な糖分を摂り続けると、やがてインスリンが出なくなり、慢性的に糖濃度が高くなり、そして、その糖は使われず、身体に支障が起こる。
これが糖尿病だが、酸素に関しても、同じ現象が起こるようである。
余計に息を吸い、酸素を過剰に取り入れ、血液中の酸素濃度が高くなると、やはり、その酸素は有効に使われないのである。
しかも、使われなかった酸素は、身体の酸化という、本来とは違うことに使われてしまい、いろいろな害が起こるのである。

私は以前、毎日、連続200回以上の腕立て伏せをやっていたが、100回くらいまでは呼吸をせずにやるようになった。
その方が楽だからである。
今は腕立て伏せのやり方を変え、それほどの回数はやらないが、やはり、腕立て伏せやスクワット等をやる時は、息は止めないが、あまり呼吸しないようにやると、エネルギーが高まり、調子が良い。
これは、ジョギングでも、口から沢山息を吸うような人ほど、早く疲れることと似ていると思う。
世界的な長寿村であり、しかも、高齢者が健康なことで知られるエクアドルのビルカバンバは、自然に恵まれていると共に、標高1700メートルで、酸素が薄いことが、長寿や健康を村人にもたらしているのではないかと思う。

深い呼吸法などやらずに、むしろ、空気の摂取を抑える微かな呼吸をすれば、健康で、頭が良くなるだけでなく、その他、思いもしなかったような優れた効果があるのではないかと思う。
それは、呼吸が荒い人ほど、あらゆる面で劣悪で、人形ではないかと思うほど静かな呼吸をする人ほど、賢く有能で美しく、いざ動けば軽やかであることを見ても、容易に予想出来る。









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