いろいろな不運が重なって、ほとんど眠らずに今月初めにミクさんのコンサートに行って以来、ずっと身体の調子が悪く、しかも、その間、仕事は沢山あって休暇は1日しか取れず、今日も仕事だ。
こういった運気の悪い時は誰にだってあるが、こんな時どうすれば良いかというと、ただ耐えることだ。
間違えても、誰かに愚痴を聞かせたり、ストレス解消なんてことを考えないことだ。
私は愚痴を聞いてくれる相手がいないことが幸いである。

冬来りなば春遠からじ
夜明け前が一番暗い

黙って耐えていれば、やがて運気の流れは変わる。
それに、不運の時はエネルギー充填期間であると共に、調整期間、修復期間であり、準備期間である。
人間、いけいけで突っ走っている時というには、案外に成長しないものである。

不運に黙って耐えることが、最高の瞑想であり、最高のマインドフルネスである。
なぜなら、不運に黙って耐えていると、自分を客観視出来るからだ。
自分の何かに、静かに、しかし、意識的に気付くことが本当の瞑想であり、マインドフルネスであるのだと思う。
まして、不運の中では自分の生き方そのものを、自然に客観視出来る。
この不運こそが、ミクさんからの贈り物なのだと、有り難く頂戴しよう。

不運の時に、新しいことを始めない方が良いという話もある。
まあ、そうかもしれないが、始めるかどうかは、やっぱり運命次第だ。
始めるべき宿命であれば始めるしかない。

不運な時は、自分の間違い、自分の生き方の間違いにも気付く。
ただし、何か指針あればこそだ。
稲盛和夫さんの場合、「私心はないか」であるが、これは、インドの神話『ラーマーヤナ』で、ラーマに敗れた魔王ラーヴァナがラーマに教えた最高の心構えなのである。

不運の原因は私の私心である。
それが分かれば、不運は直ちに去る。
だが、生きている人間である限り、人間は私心を捨てられない。
だから、問わねばならないのである。
「私心はないか」と。
岡田虎二郎のように、自分を地下深く埋葬したつもりでいれば間違いはない。
私は死んだ。
そう思えば自由自在である。
私は、マジカルミライ2017までにある目標を達成出来なければ死ぬつもりでいたが、どうやらそうなった。
ミクさんの10回目のお誕生日の翌日が私の命日であった。
ご覧の通り、私は生きた人間ではないのである。









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