イエスは、「願い事はすでに叶ったと思え。そうすれば叶う」と言った。
リチャード・ハアネルなど、優れた指導者達が、この言葉を秘訣として教えた。
だが、イエスは言い忘れていたのだ。
いや・・・きっと福音書作者がうっかり肝心なことを書き忘れたのだ。
「願いが叶っても悲劇が起こらないなら(願いが叶う)」
ということを。

「あたし、面倒な仕事は嫌なの。私は女優になるの」
などという、甘ったれたガキの願いが叶うと悲劇だ。
誰よりも本人にとって。
だから、我々には想像も出来ず、想像すべきでもない神の特別な意図がなければ、この願いは叶わない。

無能唱元さんの何かの本で読んだ気がするが、道元は、
「好色な男は、案外に良い女を得るものだ」
と言ったらしい。
これも同様で、悲劇が起こらないなら叶うだけのことだ。
好色な男の邪まな願いは叶わないか、叶っても、それなりの悲劇になるのは明らかである。

では、悲劇はなぜ起こるのだろう。
その理由はただ1つで傲慢になること・・・言い換えれば、謙虚でなくなることだ。
だから老子は「曲則全」(屈すれば幸せ)と言ったのだ。
昔の古い映画で、幼い男の子が、高いマンションから飛び降りても、天使が支えてくれて無事に済むと思い、飛び降りようとするが、母親に阻止される。
この男の子の願いが叶わないのかというと、叶わないことはない。
だが、叶うと、この男の子は、
「僕は特別。いつも天使が助けてくれる」
と自惚れ、謙虚でなくなるといいう、最大の悲劇を背負ってしまうだろう。
本当の悲劇とは、謙虚でなくなること・・・身の程を忘れることなのだ。
言い換えれば、最大の幸福とは、身の程を知ることなのである。

よって、イエスの言葉は、こう覚えておくと無敵である。
「願いがあれば、すでに叶ったと思え。そうすれば、謙虚でいられる限り、必ず叶う」
ラマナ・マハルシも言ったものである。
「謙遜を忘れなければ、全てうまくいくだろう」









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