ひきこもり傾向は誰にでもあるが、その度合いを強くするのは「無力感」だ。
自分が弱いと思うから、他人が強く見えて恐いからひきこもる。
柔道や空手の有段者のひきこもりは少ないし、英検一級のひきこもりも、あまりいない。
一流大学(高校や中学もだが)も、受験合格の時は、「俺ってスゲェ」と思えるが、いざ入学してしまったら、同じようにその大学に合格した他の人達は、自分には出来ないスポーツが出来たり、ギターが弾けたり、顔やスタイルが良かったり、何より社交性があったりするのが分かると、「俺は駄目だ」と無力感にとりつかれ、ひきこもり度が上がる。

私は人に優るもの、世間に自慢出来るものは何もなく、当然ひきこもっていたが、ジョセフ・マーフィーの本を読むと、学歴や武道どころではない宇宙最強の力が自分の中にあると書かれていて、自分もやれば出来ると思わされ、無力感がいくらか消え、ひきこもり度は下がった。
だが、それでも、現実的な力を何か持たないと、やっぱり無力感を持つようになってしまう。

しかし、今の時代、現実的な能力って言ったら、私にはコンピュータープログラミングくらいしか思いつかないのだ。
他に何かあったら教えて欲しいくらいだ。
音楽が作れるとか、うまいイラストが描けるというのは素晴らしいことだが、それで食っていけるのは、極めて少数の・・・言ってみれば天才だけだ。
初音ミクさんのイラストで有名なKEIさんやiXimaさんなどは、本人がどう言おうと、絶対に天才だ。
もっとも、マーフィーの本には、誰の中にも天才がいると断言されているが、それを引き出すのは、やっぱり何かコツがあるのだろう。
プログラミングというのは、天才でなくても、ある程度出来れば食べていけるし、そこから天才を目指すことも出来る。
ただ、プログラミングには、向き、不向きがある。
私は、それはIQ(知能指数)の問題だと思っていた。ビル・ゲイツは露骨にそう言うし、川上量生さんも、それを示唆することは言いまくっていると思う。
だが、彼らの言うプログラマーは高級プログラマーのことで、私程度のプログラマーやシステムエンジニアなら誰でもなれるし、十分に稼げる。
私は、マイクロソフトやGoogleには入れないし、ドワンゴになら入れても、あんまり良い思いは出来ないだろう。
けれども、プログラミングのいくらかの能力を持って、変わったアイデアを出すようになったら、それは単純なプログラミングの能力を超えることもある。
つまり、変人であることは強みなのだ。
私の本業はプログラマーやシステムエンジニア、あるいは、IT企画者ではなく、精神科学者なのである。
人と同じことをやっていたら、プログラミングや営業や機械の組み立て能力といったものが、そのまま実力になってしまう。
しかし、人のやらないことをやれば、「ナンバーワンでなくてもオンリーワン」だ。
『世界に一つだけの花』って、こういう意味に捉えないといけないと思う。

ただ、天才でなければ成功しない、作家やイラストレーターや画家や音楽家にだって、なれない訳ではないのだと思う。
しかし、それには、いきなり天才を引き出すコツみたいなものが必要だ。
それを得られるかどうかは、持って生まれた才能というよりは運命によると思う。
つまり、運命を受け入れる者が一番強いのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加