一流の人間と三流の人間の違いは、安定か気まぐれかではないだろうか?
一流は、毎朝5時に起きると決めれば、1年365日、よほどのことがない限り例外なく、10年、20年と続けるが、三流は、決めてから数日後に、「今朝は5時に起きましたよ」と言う。
その差は絶望的だ。

野球の一流のバッターには、決まった時刻になれば、宴会中だろうが、バットを持って外に出て素振りをする人がいるが、三流は、自分もそれをすると決めても、やったりやらなかったりだ。

スーフィーの偉大な格言、「神を信用しろ。だが、駱駝はつないでおけ」を実践すれば、望みが叶わぬことはないが、駱駝は、毎日必ずつないでおかなければならない。
「駱駝をつなぐ」に相当することは、人それぞれである。
ある人は、トイレのスリッパを必ず揃えて出ることがそれにあたるが、それを一度の例外もなくやれば、やっぱり、何か良いことはあるのだと思うし、それを一生続ければ、良いことの方も一生続くだろう。

良いことをする掟もあれば、悪いことをしない掟もある。
禁酒、禁煙の誓いを立てても、三流の人間は、せいぜい数ヶ月は、「俺はもう酒は飲んでいない」と自慢するが、いつのまにか、また飲んでいるのである。
一流なら、いったん禁酒を誓えば、一生飲まない。

『ローム太霊講和集』という本に、「自己に制約を課すと、その倍の力を神は与える」と書かれていたのを見て、それが真理だと思ったが、自己制約も1日では極めて僅かな力にしかならず、百日でやっと少し、そして、1年で目に見えるほどになるのだと思う。

私は5年以上、腕振り運動、スクワット、腕立て伏せを欠かしていないが、回数は変化することがある。
ところが、この数年の、これらのほぼ最低の合計回数万円が年収とぴったり一致するのに気付き、ゾっとした。
つまり、たとえばだが、毎日、腕振り運動を1000回、スクワットを100回、腕立て伏せを10回、欠かさず、5年もやれば、年収は1110万円になる。
アメリカでなら、11万1千ドルといったところか。
必ずしもこの通りでなくても(他の習慣の影響もあるかもしれない)、こんなものだと思えば良いと思う。

習慣、掟、自己制約・・・何と呼んでも良いが、それなしに成功した人はいないと思う。
この「成功」とは、地獄からの距離のことで、本来は地獄にいる人が、地上で最底辺だとしても、それは成功である。
そして、地獄から出ることは、掟の力で誰でも出来るのだと思う。
成功していない、地獄にいる・・・それは、掟を持っていないからである。









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