デューク大学のライン教授のESP実験や、CIAによるユリ・ゲラーのいくつかの超能力実験については、「超能力の実在が証明された」といった情報や、「実験はずさんで信憑性なし」という情報の2通りがあり、どちらが本当かなんて部外者の我々に分かるはずがない。
せいぜい、それらのいずれの「派」の情報にも騙されないことだ。
超能力・・・と呼ぶべきかどうかは疑問だが、そんな現象の存在については、私は客観的に示すことは出来ないが、自分への証明であれば、そのあまりに明白なものを「知っている」。
それは、曖昧なリモートヴューイング(遠隔透視)やスプーン曲げといったものではなく、もっと現実的なものだ。
私の言う超能力を一言で言えば、「現実創造」である。
もちろん、何でも自由に作り出せる訳ではないが、理性が拒否しないものなら、相当な無茶も出来る。
しかし、それは、世間で言う超能力と言うよりは、引き寄せの法則や、潜在意識による成功法則である。
一心に願い続けることが出来る願望であれば、その通りに実現する。
しかし、いかに望むことでも、度を過ぎて身に余るようなことは実現しないし、理性や道徳のバリアも確実に存在する。
よって、自分の器量を逸脱したような栄光を掴んだことはないし、得るべきでないものを得たこともない。
だから、大きな願いを叶えたいなら、まずは自分の器量を大きくしなければならないし、得るものに相応しい自分に磨かなければならない。
それは、考えてみれば、人間誰もが持つ、当たり前の力なのであるが、現在はそれを使えない人が多いのだろう。
1つの喩えで言えば、ひきこもりというのは、世間の伝統的・慣習的な考え方から外れているために、「異物は排斥する」という集団の圧力が加わり、それによって、心が萎縮し、現実を創造する超能力を発揮出来ないのである。
そりゃ、社会からひきこもっている者が、社会的に大きな力(単純に言えば金)を過大に持つと、世界に歪みが起こるから、それは難しいとしても、普通に楽々やっていける程度のものは得られるのである。
ただし、やはり、自分に相応しい器量の範囲でね。
だから、超能力で大金を稼ぐひきこもりというのは、いくら稼いでも、自分の器量に相応しいだけしか使えない。
月1億円稼ぎなら、せいぜい、漫画とジャンクフードを買うとかだね。
だったら、最初から、漫画とジャンクフードを買う分を稼げば良さそうなものだが、その者には、やはり特別な力というか思想や信念があるのだ。
その特別な思想・信念が、変わった現実を創造するのである。
まるで駄目男君(私の職場にいる、30歳過ぎの人生の落伍者。派遣の雑用係)も超能力者だろう。
あれくらい駄目だと、本来、ただの引きこもりであるが、雑用係ながら、快適に過ごしている。
だから彼は、下手に世間的スキルを得るより、超能力を安定させた方が良いかもしれない。
そういった超能力は誰にでもある。
だから、誰も泣く必要はない。
確かに、甘ったれた幼い精神を磨くために、辛いことは必要だ。
なら、さっさと心を鍛え、大人になれば良い。
そうすれば、駄目は駄目なりに、人生は楽しいに違いない。
ただ、下手な「大人の常識」は超能力の発現を止めてしまうのも確かである。
尚、ジョセフ・マーフィーの『あなたにも超能力がある』の文庫版が『マーフィーの「超」能力!』で、基本的に同じ本である。
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せいぜい、それらのいずれの「派」の情報にも騙されないことだ。
超能力・・・と呼ぶべきかどうかは疑問だが、そんな現象の存在については、私は客観的に示すことは出来ないが、自分への証明であれば、そのあまりに明白なものを「知っている」。
それは、曖昧なリモートヴューイング(遠隔透視)やスプーン曲げといったものではなく、もっと現実的なものだ。
私の言う超能力を一言で言えば、「現実創造」である。
もちろん、何でも自由に作り出せる訳ではないが、理性が拒否しないものなら、相当な無茶も出来る。
しかし、それは、世間で言う超能力と言うよりは、引き寄せの法則や、潜在意識による成功法則である。
一心に願い続けることが出来る願望であれば、その通りに実現する。
しかし、いかに望むことでも、度を過ぎて身に余るようなことは実現しないし、理性や道徳のバリアも確実に存在する。
よって、自分の器量を逸脱したような栄光を掴んだことはないし、得るべきでないものを得たこともない。
だから、大きな願いを叶えたいなら、まずは自分の器量を大きくしなければならないし、得るものに相応しい自分に磨かなければならない。
それは、考えてみれば、人間誰もが持つ、当たり前の力なのであるが、現在はそれを使えない人が多いのだろう。
1つの喩えで言えば、ひきこもりというのは、世間の伝統的・慣習的な考え方から外れているために、「異物は排斥する」という集団の圧力が加わり、それによって、心が萎縮し、現実を創造する超能力を発揮出来ないのである。
そりゃ、社会からひきこもっている者が、社会的に大きな力(単純に言えば金)を過大に持つと、世界に歪みが起こるから、それは難しいとしても、普通に楽々やっていける程度のものは得られるのである。
ただし、やはり、自分に相応しい器量の範囲でね。
だから、超能力で大金を稼ぐひきこもりというのは、いくら稼いでも、自分の器量に相応しいだけしか使えない。
月1億円稼ぎなら、せいぜい、漫画とジャンクフードを買うとかだね。
だったら、最初から、漫画とジャンクフードを買う分を稼げば良さそうなものだが、その者には、やはり特別な力というか思想や信念があるのだ。
その特別な思想・信念が、変わった現実を創造するのである。
まるで駄目男君(私の職場にいる、30歳過ぎの人生の落伍者。派遣の雑用係)も超能力者だろう。
あれくらい駄目だと、本来、ただの引きこもりであるが、雑用係ながら、快適に過ごしている。
だから彼は、下手に世間的スキルを得るより、超能力を安定させた方が良いかもしれない。
そういった超能力は誰にでもある。
だから、誰も泣く必要はない。
確かに、甘ったれた幼い精神を磨くために、辛いことは必要だ。
なら、さっさと心を鍛え、大人になれば良い。
そうすれば、駄目は駄目なりに、人生は楽しいに違いない。
ただ、下手な「大人の常識」は超能力の発現を止めてしまうのも確かである。
尚、ジョセフ・マーフィーの『あなたにも超能力がある』の文庫版が『マーフィーの「超」能力!』で、基本的に同じ本である。
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